香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

大好きが止まらない

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 👆 ラッシュ時の列車内。客はまばらだ 👆

 

 

〝誰かを赦すとき、その人が何かをしたからではなく、

 

    実はなにもしなかったからこそ赦すこと。

 

    何もしていない相手を赦すのだから相手に罪はない。

 

     相手に罪がないと思うなら、自分にも罪はない。〟

 

 

という 『イエスとブッタが…』の一説を、ふと思い出した。

 

相手が何もしてはおらず、罪もないのであれば、

 

相手は実存ではない、ということになる。

 

そういう意味で、赦しって、赦すべき相手などいない、

 

ということを知るためにあるのだ、と今なら解かる。

 

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最初に思考があり、それが感情を作る。

 

葛藤、悲観、判断、批判、といった思考自体は、

 

ただシュワシュワ勝手に上がっているだけで

 

最初から実在ではなく、ましてや自分でもないので、

 

反応せずにただ見送っていればいいだけなのだが、

 

その思考を〝自分が思っている〟と捉えてしまうと、

 

無いはずの自己を実存させてしまうことになり、そこから

 

怒り、悲しみ、動揺、罪悪感、といった感情が生まれ、

 

その感情が記憶、すなわち過去を形成する。

 

 

そうなると次は、

 

あの時、私は、あいつから、ああいう仕打ちを受けた、

 

だから、いつかあいつに、こう仕返ししてやろう、といった

 

未来に対する妄想劇場が立ち顕れてきたりする。

 

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 なので、何もしない赦し、というのは、

 

ただ、在る。

 

いま、この瞬間だけに在る。

 

ただ、神が在るだけ。

 

それしかない。

 

どんな思考がシュワシュワ立ち上がっていようと、

 

外でどんな事が起こっていようと、そんなのは無視して、

 

いま、ここに在る神だけに一点集中で、ここに在る。

 

 

やがて、自分が自分を観ているような感覚になり、

 

最後は、観られている神こそが真の自分だった、となる。

 

言いようのない歓びと平安に凌駕されたとき、

 

観ていると思い込んでいるニセモノの自分は消え、

 

神の悦び(愛)そのものになる。

 

 

これはファンタジーではない。本当にそうなる。

 

実際には、急に神の愛に転換はできないので、

 

一日の内で、少しづつ、ゆったりした心地よい時間を作り

 

そこから、在る、だけに繋がる練習をしてゆく。

 

沈黙して、静かにしていると、本当にその〝感じ〟が

 

感じられてくる。

 

それが、何もない赦し、となる。

 

 

というわけで、

 

今日は一日、徹底的に、神に在る、を意識して過ごした。

 

そうすると、昨日みたいな、

 

〝事務所で大好き口ばしり事件〟みたいに、もう、

 

だい好きーっ!が、ほとばしり出てくる。

 

 

心地いい、でいいじゃん!

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👆 一か月ぶりにトレーナーと筋トレをした 👆

  なぜかサンドバックマンに獅子の被り物が…

 

 

今日、家でようつべを見ていたら、おススメの欄に、

 

関野あやこさんの新着動画が出ていたので、

 

なっつかしいーっ、と思い、しばし覗いてみた。

 

 

統合、ワクワク、本当の自分に繋がる、シフト、など、

 

内容は当時と全く変わっていない。

 

あまりにブレない姿勢に、感動してしまったほどだ。(笑)

 

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僕のスピデビューは、2011年のアンフィニである。

 

これは、

 

統合というメソッドを使って、ワクワクに行動することで、

 

本当の自分へ戻ってゆき、自分がやりたいことを、

 

高い意識で実現させてゆく、というもので、、

 

バシャールとチャネリングしていた関野あやこさんが、

 

当時、生徒を集めて様々なワークを展開していた。

 

だが、ワクワクに行動した結果、アンフィニは破産し、

 

誰をも傷つけないはずが、前払いで払った料金は、

 

多くの人に返還されなかった。

 

そうして、僕や、乙女ののりちゃんや、兄弟てっちゃんは、

 

その後、奇跡講座へとシフトしていくことになる。

 

 

そしていま、この動画を見ながら、ふと思った。

 

バシャールが言うこの〝ワクワク〟という言葉こそが、

 

様々な誤解や勘違いを生む元凶だったのではないか、

 

と…。

 

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ワクワクの意味を辞書で引いてみると、

 

〝期待、喜び、興奮などで心がはずみ、高揚するさま〟

 

とある。

 

しかし、ようく考えてみれば、いや、考えるまでもなく、

 

24時間ワクワクでいることなんて不可能だよ。

 

なぜなら、人生、山あり谷あり、落ち込むこともあれば、

 

何をやってもうまく行かない時期だってある。

 

病気になったり、愛する人を失ったり、米が無かったり、

 

そこからは、様々なネガティブな感情も生まれてくる。

 

そんな時、いくら鉄の球体を転がしたって、

 

つらいことはつらいし、悲しいことは悲しい。

 

こんなの、何かのメソッドで解決できるものではない。

 

 👇 アンフィニ時代いろいろ 👇

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なので、今の自分は〝ワクワク〟ではなく,

 

〝心地よい〟でよいのではないか、と思っている。

 

ちなみに〝心地よい〟の意味を辞書で調べてみると、

 

気持ちがいいこと、快適であること、とある。

 

 

なぜなら、どんなに人間関係が最悪であっても、

 

愛する人を亡くした直後であっても、

 

失業中で、まったく未来への希望が見えなくても、

 

心地よいこと、ホッとするようなこと、気持ちいいこと、

 

例えば、ちょっとしたカフェでコーヒーを飲んだり、

 

誰もいない森の中に車を停めて思いっきり泣いたり、

 

映画館で映画を観たりすることは可能である。

 

 

いま、この瞬間に、心地よい場所で心地よくいること、

 

それは、何も、愛と感謝と調和、である必要はない。

 

とても悲しいことがあって、どうしようもないとき、

 

思い切り泣くことが、最も心地よいことであったり、

 

相手に対し、ちょっと違うんじゃないの、と感じた時、

 

相手にきちっと〝私はこう思う〟と伝えることが、

 

自分にとって、一番心地よいことなのかもしれない。

 

腹が立って仕方がない時に赦しなんてできないし、

 

ましてや、聖霊に祈っても、やはり怒りは収まらない。

 

だって、もう、いま、すでに腹が立っているのだから…。

 

だったら、その瞬間、一番心地よいことは何かといえば、

 

自分に思い切り怒らせてやることだ。

 

www.youtube.com

👆 6:04 辺りからアンフィニの音楽あるよ!👆

 

ただ、一応(笑)、僕たちはコース兄弟なので、

 

せめて最後には、その怒りでさえ本当は神だった、

 

というところまでいきたい。

 

 

そうやって、最後には

 

神の悦び(愛)を感じている〝わたし〟が神だった、

 

ではなく、

 

神の悦び(愛)そのものが〝わたし〟だった、となる。

 

 

ボクの社長

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金曜日、久々に会社へ行った。

 

人の多い通勤時間帯を避け、11時頃オフィスに着いた。

 

エドワードや、もう一人の日本人も出社してきていた。

 

 

午後、スカイプで社長と3期上期のレビュー面談をした。

 

うちの会社は6月決算で、7月から12月が上期となる。

 

社長はこの節目の時期に、社員一人一人と面談をして

 

社員の悩みや困っていることを直接ヒアリングするのだ。

 

僕は、

 

上期以上に下期は今に集中していきたい、と言った。

 

明日これしなきゃ、と焦っても、それをするのは明日だし、

 

昨日こんなミスをしてしまった、と過去を憂いても、

 

それに対処できるのは今しかないので、

 

いまこの瞬間をちゃんと生きていきたいです、と答えた。

 

また、神の愛、とまではさすがに言わなかったが、

 

これからは、

 

愛と感謝で全ての人に接していきたい、とも言った。

 

「星谷君はもう悟りを開いてるのを感じます。」

 

と社長は言った。

 

 

それから、

 

何か困っている事はないかと聞かれ〝お米〟と答えた。

 

米がない、どこにも売ってない、安いタイ米ですらない、

 

と、悟りを開いた覚者そっちのけで、訴えた。(笑)

 

社長は言った。

 

穀物の輸送が可能か通関担当者に調べさせ、

 

もし可能であれば、即刻手配するという。

 

 

きゃーっ、しゃちょー、すてきーっ、オトコマエーっ!

 

ちなみに、今の社長は前回の記事に登場した、

 

旧会社の三代目慶応出の元おぼっちゃま社長ではなく、

 

新会社のモノづくり一筋堅実人情派社長のことである。

 

 

そういう意味で、

 

うちの会社、大企業ではないけれど、ちゃんとしてる。

 

まあ、僕は海外駐在だから特別なのかもしれないが、

 

しっかりした組織に守られている、という安心感がある。

 

その反面、少数精鋭なので、仕事はなかなかタイトだ。

 

旧会社の時のように、ケリーが作成した書類に、

 

サインだけしていればいいというわけにはいかない。

 

でも、今の方が、なんかとっても〝いい感じ〟である。

 

     

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面談の後、遅い昼休みを取った。

 

キャセイからペチッてきたブランケットに身をくるみ、

 

丸椅子を何個も並べてしばし昼寝をした。

 

 

と、天井、パーテーション、パソコン、エドワードの背中、

 

などから〝神の愛〟が、どわわわ、と湧き上がってきて、

 

感極まった僕は思わず「大好きっ!」と口走ってしまい、

 

そのとき、たまたま隣にいたもう一人の日本人が、

 

ぎょっとなって、何ですか、とこちらを凝視してきた。

 

すみません、ひとりごとです、とその場を取り繕ったが、

 

自分は、ひょっとして、普通のサラリーマンとしては、

 

かなりヤバい段階にきているのではないか、と、

 

少々怖くなった次第である。(👈 ウソ…)

 

 

なんか、

 

ここがそのまま神の中、という事実を生きるにつれ、

 

ますます、スキスキ大好きが拡大する僕である。

 

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