香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

オツトメこわい

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今日は、トレーナーとの筋トレを終えた後、

 

日本人の友人とディナーをするため、

 

セントラルのSOHO地区へ向かった。

 

 

長いセントラルエスカレーターを上ると、

 

お馴染みのスタントンバーが見えてくる。

 

昨日から4人での会食が解禁となり、

 

SOHOの通りは多くの人で賑わっていた。

 

今回は友人が、ソウルフードタイという、

 

タイ料理レストランを予約してくれていて

 

到着すると、店内はほぼ満席だった。

 

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夕食を共にした友人はあの、

 

怪しいハノイの宝石商佐藤氏の友人

 

長年香港に住んでいたのだが、

 

今回、香港撤退を決めたのだという。

 

聞けば、以前は3万人ほどいた、

 

香港在住の日本人は、すでに、

 

7000人台にまで減っているらしく、

 

反中国デモ、国家安全法の成立、に加え、

 

コロナ禍も重なって、多くの香港在住日本人

 

の人生を左右している。

 

そして、それは僕も例外ではない。

 

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僕は、収入が減ったり、仕事を失ったり、

 

とかはなかったが、それでも、

 

お籠りの時間が増えたことで、じっくりと、

 

自己の内面と向かい合うことができた。

 

 

なにより、

 

背後に流れる、無限の全体の力を知れば

 

点のような世界には到底存在できなくなり、

 

会社や上司や家族を喜ばせるために、

 

一日の大半を費やして働くことが、

 

どうやっても困難になってくる。

 

 

また、逆に言えば、

 

どうしてもオツトメがキツクて、

 

続けられなくなったのなら、

 

ああ、本当の自分で生きる時期なのだな、

 

と見ていい。

 

 

まあ中には、大きなプロジェクトを任され、

 

バリバリ仕事に没頭する人もいるだろう。

 

しかし、何十年もやってきて言えるのは、

 

上司の評価で価値が決まる組織の中で、

 

真に自分を表現して生きるのは不可能だ。

 

なぜなら、企業という組織は、はなから、

 

愛で生きよう、などとは考えてもいない

 

人たちの集団であるからだ。

 

そこへ、背後の無限の全体を体感した人が

 

ひとりポツンと、その集団に入って、

 

やっていくのはあまりに酷である。

 

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以前の僕もそうだったのだが、

 

どんな境遇であっても赦すだけだ、とか、

 

世界は幻想なので会社も幻想だ、とか、

 

起こってないので外側はただ見過すだけ、

 

と、会社を強制天国帰還道場のようにして、

 

出てくるものをガンガン赦し続けていた

 

時期があったが、それもまた、無限の全体、

 

神の想いに気づくためだった、と、

 

今なら理解できる。

 

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こうやって、友人の新たな門出を祝福し、

 

シャンパンで乾杯した楽しい一夜であった。

優しい眼差し

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なんか、無限の全体が反映された,

 

現実のスクリーンを見ていると、

 

その優しさに圧倒され、涙が出そうになる。

 

 

 

どんなに横柄で自分勝手に見える人でも、

 

その人の中には〝優しい心〟の部分があり、

 

その優しい本質の部分に神の想いを感じて、

 

泣きたくなるほど感動するのだ。

 

 

なので、相手の内面に隠れている、

 

優しい心の部分にフォーカスすることは、

 

ハートの歓びにフォーカスするのと同じだ。

 

具体的に相手がどんな振る舞いをした、とか、

 

どんなことを言った、ということではなく、

 

その人の背後に常に流れている、

 

〝何だか優しい感じ〟に感応するのである。

 

 

小さな優しさの塊りみたいなものを見つけて

 

それを、前側ではなく背後で感じてゆくことで

 

相手の中に神を観ることができる。

 

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今日は、強制有休消化日で、お休みだった。

 

午前中は掃除や洗濯をし、午後からは、

 

ジムで自主トレ👉カフェで読書👉マッサージ

 

と、今、ここに在る神の平安に抵抗せず、

 

とても心地のよい一日を過ごした。

 

 

後ろ側(見えない世界側)が真実となり、

 

前側同士でやり取りをしなくなってきたせいか

 

自分と現実のスクリーンとの間に隙間ができ、

 

自分と世界が乖離を始めている。

 

以前は、

 

自分の意識も、現実のスクリーン中へと

 

どっぷり落ち込んでしまっていたが、

 

今の僕の中で、自分という存在は、

 

現実のスクリーンの中で起きている

 

ストーリーとは全く別物だ、

 

という感覚が強く、

 

まるで映画を観るような感じで、

 

現実を捉えられている。 

 

 

人々の間を縫うように走るチンチン電車、

 

果物屋に並ぶ色とりどりのフルーツ、

 

宅配自転車に乗って颯爽と通りを走り抜ける

 

ターバンを巻いたインド人のお兄さん、

 

高層ビルの間を流れる雲、

 

道端で何やら揉めているラテン系のカップル、

 

全てが無限の全体の中で輝いており、

 

神の優しさを放っている。

 

コーヒーを飲めば感動し、家の戸棚の中にある

 

缶詰の配置に畏敬の念が込み上げてくる。

 

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美空ひばりではないが、

 

川の流れに身をまかせ、ならぬ、

 

神の流れに身をまかせ、である。

 

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そして、この神の優しいまなざしこそが、

 

真実の自分そのものだった。

無限の全体

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 👆このカフェ、なぜか美女が集まる。

   自分を持っているきれいな女の子、

   好きです。 

 

 

時短勤務のため、

 

毎日、4時過ぎには事務所を出るので、

 

帰りに家の近くのカフェに立ち寄り、

 

一旦気分をリセットしてから帰宅している。

 

なるべくスマホはいじらず、白ワインを注文し

 

そこで1時間ほど本を読んで過ごす。

 

最近は、ずっとアニータの本を読んでいたが、

 

台湾の作家である白先勇の本を読んだりする。

 

こういう、仕事とプライベートの境目に、

 

ほんの少しホッとできる時間を設けることで、

 

たとえ、何かすったもんだがあったとしても、

 

気分を再設定してから家へ戻ることができる。

 

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こうしてここ一週間ほど、仕事帰りにカフェで

 

アニータの本を読んでいて悟ったのが、

 

うわっ、最悪、としか思えないような

 

出来事の渦中にいたとしても、

 

それが本当に最悪かどうかなんて、

 

渦中の自分には解らない、ということである。

 

 

アニータだって、

 

小学校時代、壮絶いじめに遭っていた時や、

 

癌との闘いに苦しんでいたその瞬間は、

 

「うわ最悪や!ドツボや!終わってるやん!」

 

と、なんで自分がこんな目にあうのか、

 

前世のカルマか、自分の行いが悪かったのか、

 

と、頂点マックスで苦しんでいたと思うのだが

 

今になって思えば、その体験があったからこそ

 

臨死体験が起こり、大いなる意識を体験でき、

 

癌が治って人々に影響を与えるようになった。

 

そうやって、

 

当時〝ドツボ〟だと思って悩んでいた体験は、

 

本当はドツボでも何でもなかった、と、

 

後になって知ることになる。

 

 

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なので、

 

今、何が起こっていようと、起こっていまいと

 

これが最悪な事か、最善な事か、なんて、

 

自分にはうかがい知れないことだ、と、ただ、

 

抵抗せずに見過ごしてゆくだけである。

 

もちろん、テンパるのなら、大いにテンパり、

 

苦しいのなら、思い切り苦しんでいい。

 

ただ、それが最悪の事態かどうかなんて、

 

決して分からないのだから、

 

毎回そこへ立ち返ることで、

 

少なくとも、

 

自分を責めることはしなくなり、

 

全てに抵抗を止めてリラックスしよう、

 

という気になる。

 

 

そうなのだ。

 

うわっ、最悪やん!ドツボやん!

 

というようなことが起こったら、

 

あ、何かしらうまくいくんだろうなあ、

 

いい事のために起きてるんだろうなあ、

 

くらいに思っていればいい。

 

 

その一環として、気分を変えようと、

 

仕事帰りに、カフェで白ワインを飲みつつ、

 

好きなことをすることで、

 

何だかわからないけどいい感じ、となり、

 

それが呼び水となって、自分の内側にある

 

〝無限の全体〟へと入ってゆける。

 

 

というわけで、

 

リラックスは究極のいまここだ、

 

と思う今日の僕であった。

 

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