香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

怖いくらいに終わってゆく

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この世に継続可能なものなど何もない、と、

 

腑に落ちて以降、何も恐れるものなどないことを

 

身に染みて体感しているボクである。

 

 

安定した仕事、愛のあるパートナーシップ、

 

良好な人間関係、財産、若さ、家族、など、

 

そんなの、諸行無常の摂理から言えば、

 

突然、失って当たり前のものである。

 

 

また、別の言い方をすれば、

 

愛情が無くなってしまった夫婦関係や、

 

全く自分の本質に合っていない仕事や職場、

 

お金や生活のためだけに維持している何か、

 

もうとっくに終わっているのに手放せないもの、

 

といった〝負の継続〟に対しても、ほっとけば、

 

必ず移り変わり、消えてゆくものなのに、

 

掴んでいればいるほど苦しくなる。

 

それが体感として理解できていると、

 

今、ここに顕われている人や物や事柄を、

 

優しさや愛の眼差しで見過せるようになる。

 

 

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諸行無常は愛である。

 

ハートの愛の流れを、僕たちは、

 

顕われては消えてゆく姿として捉えている。

 

神へと向かうハートのエクスタシーの流れが、

 

この現実世界では諸行無常のように見えている。

 

なので、諸行無常に逆らうのを止めることが、

 

神の流れに抵抗するのを止めることであり、

 

背後側(神側)へと方向転換する第一歩となる。

 

 

僕はいま、ほとんどの時間を、

 

この諸行無常の流れを全許容しながら、

 

ハートの愛の流れに身を任せて生きている。

 

すると、肉体がどんどん新陳代謝され、

 

新しい細胞が次々に再生されていくような感じで

 

現実の状況がよりよく整えられてくる。

 

 

何度も言っているが赦しは苦しいものではない。

 

赦すごとにある種の暖かい愛の感じに包まれる。

 

 

僕は、

 

現実がスムーズに動いているのを見ることで、

 

「ああ、兄貴による贖罪(取消し)がちゃんと

 

 行なわれ、正しい道筋にいるのだな」

 

と感じる目安としている。

 

 

⇓ そして誰もいなくなったシリーズ!

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と、そんなことを言っていると、突然、

 

僕のノートパソコンがぶっ壊れてしまった。

 

黒い画面に〝no bootable device〟と表示され、

 

起動しなくなってしまった。

 

幸いバックアップを取っていたので助かったが、

 

おいおい、パソコンまで終わるんかいっ!

 

で、新しいパソコンはアップルにするつもり。

 

 

さよならエドワード

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👆 家飲みはやっぱり〝角〟に限る!

 

 

今日は、エドワードの出社最終日であった。

 

最終日であるにもかかわらず、

 

彼の仕事を引き継いだ日本本社の担当者から、

 

次々質問の電話が来て、対応に追われていた。

 

その担当者(中国人女性/契約社員/30代)は、

 

これまで甲府本社で検査業務をしていたが、

 

中国語ができるというだけの理由で、突然、

 

エドワードの業務を担当することになり、

 

かなりのプレッシャーでテンパっている。

 

しかも、彼女の上司が何もサポートしてくれず、

 

彼女が間違った時だけ指摘してくるそうなのだ。

 

 

まあ、片方の言い分だけを聞いているので、

 

実際どうであるかは一概には言えないが、

 

同じ中国人ということもあり話しやすいのだろう、

 

エドワードは彼女に色々アドバイスをしている。

 

そんなやりとりを見ながら、もういなくなるんだあ

 

と思えば、万感込み上げるものがあった。

 

 

ケリーやふぁちゃんが去っていった時も、

 

寂しいいなあ、とは思ったが、それでもまだ、

 

他にスタッフが何人もいたので、

 

今回ほどではなかった。

 

しかし、

 

エドワードは香港事務所最後のスタッフであり、

 

長年苦楽を共にしてきた同志でもでもあるので、

 

惜別の寂しさもひとしおなのである。

 

 

退勤間際の5時過ぎ、彼の離職手続きを行なった

 

ノートパソコンやオフィスの鍵を返却してもらい、

 

その後、在職証明書の書類を手渡した後、

 

解雇補償金の小切手の受取証にサインをもらう。

 

そして最後、

 

「GOOD LUCK!」と言って彼は去っていった。

 

 

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👆 近所のエッグタルトにハマっている
 

 

それにしても、

 

会社の同僚って不思議な関係だな、と思う。

 

プライベートでそんなに親しい訳でもないのに、

 

ともすれば、家族よりも長い時間一緒にいて、

 

気を遣い合ったり、きいぃーっ、となりながら、

 

業務という共通した目的を果たすために、

 

同じ人生、同じ時間、同じ空間を共有している。

 

そして、ある一定期間、一緒に過ごした後、

 

人事異動や退職といった形で離れてゆく。

 

 

しかも、日々の業務や、人間関係、

 

仕事上のいら立ちや腹立たしさ、など、

 

同僚だからこそ共有できる特別な領域がある。

 

こういう事は、微妙な社内の事情を知らないと、

 

いくら親しい家族や友人に話しても、

 

なかなか分かってもらえなかったりするのだ。

 

 

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そして僕は、この会社という道場で長い間、

 

自分に気づき、愛に気づき、

 

自分の背後の内なる神に気づく実践をしてきた。

 

そして、そろそろ、

 

この道場を卒業する時を迎えようとしている。

 

 

また、僕が次に進む場所はもはや、

 

〝道場〟などといった訓練の場所ではなく、

 

そこは、兄弟たちと愛を共有する場所だ。

 

 

反転して生きる

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もう完全に、見えない背後側の世界(内面側)が

 

リアルで実質的なものとして機能し始めている。

 

一日のほとんどの時間を背後側で過ごしている、

 

と言っても過言ではなく、人と話している最中も、

 

仕事をしている時も、食事をしている際も、

 

ずっと、背後で愛(神)を〝感じて〟生きている。

 

 

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うまく説明できないが、誰かと話している時、

 

表面上は肉体同士が言葉を交わしているが、

 

僕の場合、背後と背後で会話し合っている。

 

たとえ電車で隣り合わせただけの相手であっても

 

背後同士で言葉ではない会話をしている。

 

また、仕事中も〝後ろ側〟からPCを打っている。

 

特に、小説を書いている時はすごくて、

 

今この瞬間に在る物語の中へとダイブし、

 

そのパラレルで生きている登場人物に

 

意識をチューニングさせながら書いている。

 

 

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なんかもう〝あっち〟に逝ってしまっている。

 

内面と外面がひっくり返ったような感じ…。

 

心の中のほうが、

 

僕にとってはすでに外界となっている。

 

 

心の中で起こっている事の結果を、

 

外界に見ているような感じなので、

 

イジるのは見えている世界側ではなく、

 

背後側だということが当たり前になっている。

 

 

👇 久々に更新しました!

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