香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

兄貴また出てきた!

👆 写真を整理していたら、

   マチュピチュに行った時の写真が出てきた

   すっごく遠かったのを覚えている

 

 

夜、買い物を終え、南森町の家に戻ってみると、

 

暗闇の中、兄貴がベッドの上に座っていた。

 

これまで、気配や声などでのやり取りはあったが、

 

兄貴が日本でちゃんと姿を見せたのは、

 

今回が初めてかもしれない。

 

昼光色の蛍光灯だと兄貴の姿が薄く見えてしまうので、

 

スタンドの電球を一個だけ灯して会話をした。

 

彼は香港にいた時と同じ青いスーツ姿で、

 

横分けの髪、太い眉、大きな目、白い肌、と、

 

イケメンだが、どこかお堅い役所の人みたいな感じだ。

 

 

👆 酸欠でクスコでは酸素ボンベが手放せず…

 

 

緊張感は全くなく、もう一人の自分と話している感覚。

 

開口一番、

 

どうして日本では姿を現さなかったのか、と訊けば、

 

他の人の映像となって何度も現れてはいたけれど、

 

おまえが気づかなかっただけだ、と言われた。(爆)

 

また、

 

香港にいた頃、毎日競馬場を走っていた話になり、

 

ジムのランニングマシンでいいから走れ、と言われた。

 

走るときにジャンプさせるリズム感が振動を生み、

 

全細胞(全宇宙)を活性化させるのだという。

 

それから、もっと内側だけに集中してゆけと提言された。

 

表現したいもののことだけを考えていろ、と…。

 

生活のことはちゃんと上手くいくようにしてあるので、

 

人のことなど気にせずに表現してゆけ、と言われた。

 

僕の小説のことを言っているのは分かっていたので、

 

内容があまりに過激すぎるので怖いのだ、と告げると、

 

〝ここ〟は全て自分の心の中だよ、と返された。

 

 



 

また、会社員であった時間は無駄ではなかったが、

 

あまりに長く固執しすぎたね、と言われた。

 

誰かに雇用された中で活動している状態、というのは

 

意識のない状態、他者化している状態なのだという。

 

「個の自分は幻想で、世界も実存ではないのだから、

 

どこにいても関係ないのではないかな」

 

と僕が食い下がると、兄貴は言った。

 

「じゃあ聞くけど、来世、再びこの世界に戻ったとして

 

君は今回と同じ会社に入って、全く同じ同僚たちと、

 

同じ仕事をしながら定年まで生きてゆきたいかい?

 

答えがノーなら、君はまだ幻想を信じていることになる。

 

この世界がリアルではないと真の理解が起きていれば

 

答えがノー、の場所には、いないはずだからだ」

 

 

まあ、考えてみれば兄貴の言うとおりだ。

 

魂を震わせて生きているような人たち、例えば、

 

人を感動させる歌手や芸術家や企業家

 

などに同じ質問をすると、

 

次も別に同じ道を歩んでもいいかな、

 

と答えそうな気がする。

 

それに、

 

目醒めている会社員にも会ったことがないし(笑)

 

 

「君にはやることがあるんだ」と兄貴は言った。

 

「それは、真実をそのまま伝えるのではなくて、

 

それをひとつの〝作品〟として残してゆくことだよ。

 

だから君は、ワークショップを開いたり、

 

動画で真理を発信しようとする必要なんてないんだ。

 

作品として残した方が後世何百年と長く伝わるし、

 

スピに興味のない人々にも影響を与えられるからね。

 

新鮮さが命のぶどうジュースと、熟成されたワイン、

 

君ならどちらを選ぶ、という話だよ」

 

 

それから、 僕の場合、この道一筋、ではなくて、

 

会社員、ヴィ瞑想、奇跡講座、悟り、小説、など、

 

何をやってもある程度の所まではいく器用さがあり、

 

それがある意味、決断の邪魔をしている、

 

というようなことを話していたとき、

 

「それは器用だからではなくて、君はもう〝前回で〟

 

全ての探求的なものを終えてきているので、

 

他の人達がやっていることを一切しなくていいんだよ」

 

と言われた。

 

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それからも、色々と他愛もない話をした。

 

日本語教師養成講座のこととか、

 

僕が一人暮らしの地に南森町を選んだ理由とか、

 

なんで兄貴が銀行員みたいな恰好をしているのか、

 

とか…。

 

 

しかし、

 

兄貴に会った後は、しばらくすっごく眠いので、

 

続きはまた次回、ということで…、おやすみなさい。

 

 

オートヴィパッサナー

👆桜の季節に奈良ホテル宿泊を計画中!
     (奈良ホテルの屏風絵から)

 

 

 

引っ越してきてからずっと、

 

近所によいマッサージ屋さんがないか探していたのだ。

 

ネットを見たり、通りかかりに見つけた店などで、

 

何度か施術をしてもらったが、どうもしっくりこない。

 

全然力が足りなかったり、整体っぽいやつだったり、

 

特に女性のマッサージ師さんはソフトすぎて、

 

コン親方のような、やってもらった感が感じられない。

 

 

そこで妹が、昔、北浜に勤めていた頃に、

 

よく通っていたマッサージ屋さんの人が、

 

今は天六の自宅でマッサージをしているというので、

 

予約をして行ってみたら、ビ、ビ、ビンゴーッ、だった。

 

エレベーターのない古いビルの4階にあり、

 

外付けの螺旋階段を上って呼び鈴を押すと、

 

メガネをかけた小太りの男性が出てきた。

 

長ぼそいリビングにマッサージ台が置かれ、

 

清潔ではあるが、ちょっと雑然とした感じがする。

 

マッサージ師も、むすっとした感じで、大丈夫かな、

 

と一瞬思ったが、ウェアに着替えさせられ、

 

施術が始まった途端 「ヤバい、この人、プロや!」

 

と、すぐに不安は払しょくされた。

 

指圧の強さもいいし、ツボもちゃんと心得ている。

 

余計なおしゃべりをしてこないところもいい。

 

 



 

それで久々に、

 

〝オートヴィパッサナー〟をすることにした。

 

マッサージ師に指圧された部位をスキャンしてゆき、

 

細胞の隙間に溜まった〝思考のカス〟を、

 

自動的にダンマ(兄貴)へと明け渡してゆくのだ。

 

普段僕たちは特別な刺激を与えられない限り、

 

肉体のあらゆる部位を意識することなどないのだが、

 

刺激された部位や肉体の内部を〝感じてやる〟ことで、

 

ひとつひとつの細胞にしまい込まれた思いのフォトンを、

 

光に晒し、昇華させてゆくのである。

 

他人の指圧で自動的にヴィパッサナーをするので、

 

僕はこれを〝オートヴィパッサナー〟と呼んでいる。

 

これをすると、余計な思考に溺れることもなく、

 

しっかり、今この瞬間の気持ちよさ、に在れるので、

 

心身ともにリフレッシュできるのだ。

 

 

身体を横にして、脇腹や腰骨の辺りまで揉まれるので、

 

一度も意識したことのない部位を感じることができた。

 

そして、肉体って宇宙そのものなんだ、と思った。

 

なので、宇宙の消滅とは肉体の消滅のことなんだ。

 

細胞の隙間に埋もれた想いを取り出して見つめ、

 

愛として開放する時、宇宙は消滅するのだなと思った。

 

 

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2時間の予定だったが、時間をオーバーしていた。

 

それでも「初めての方なのでサービスです」と、

 

2時間半たっぷりマッサージをしてもらった。

 

8000円だった。

 

 

施術が終わったあと、熱いほうじ茶を飲みながら、

 

マッサージ師さんと少し話した。

 

2年前までは、

 

大手のマッサージ屋さんで働いていたらしいのだが、

 

コロナで、客が全く来なくなって食べてゆけなくなり、

 

仕方なく家のリビングを改造し、HPを作って、

 

1年前から個人でマッサージを始めたのだという。

 

 

自分の腕一本でお客を満足させてメシを食うって、

 

すごいことだと思うし、かっこいいな、とも思った。

 

明日は僕の模擬授業の日、兄貴なんか無視して、

 

僕も立派な先生になるべく頑張るぞ、と、

 

思いを新たにした冬の夕暮れであった。

 

 

 

勘違いバカヤロー

👆 ランニングマシーンで走りながら

    各局の映像を同時に見ていると、

         同時に全ての映像が見れるようになった

       (ホンマか?)



少し前の〝察しなさい〟という記事の中で、

 

高コンテクスト文化と低コンテクスト文化について、

 

あれやこれやと書いたが、それで最近〝赦し〟って、

 

〝察すること〟なのではないか、と思った。

 

もっと言えば、相手を理解できる力、とでも言おうか…。

 

 

近所のトラブル、職場の人間関係、家族の一言、等で

 

ムッカー、イッラー、モヤモヤ、きぃーっ、となった時、

 

コース兄弟なら先ずは赦しを実践するだろう。

 

その際、自分も相手も聖なる神の子で罪はない、とか、

 

私には何もわかりません、聖霊さんお願いします、とか、

 

神(愛)だけが実存で、本当は何も起こっていない、

 

または、自分の内面と向き合ったりすると思うのだが、

 

大抵の場合、毒素のような気持ち悪さは残ったままだ。

 

(※決して不快感を消すことが正解だというのではない)

 

 

なんだコイツ、とか、死ね、と思っているその根底には、

 

こうこうこういう意図で相手は自分を攻撃してきている、

 

という自分の〝解釈〟が流れているはずである。

 

でも、でも、でも、である。

 

本当にそういうつもりで相手は言っているのだろうか、

 

相手はそんな意味でやっていないのではないか、

 

本当は別の意図を以ってやっているのではないか、と

 

相手の行為を好い方に捉えよう、とするのではなく、

 

客観的に相手の想いを〝察して〟みるのである。

 

 

というのも最近〝勘違いコノヤロー〟が続いたのだ。

 

僕の妹は実家の近所に住んでいるので、しょっちゅう、

 

実家の郵便受けから僕宛の郵便物を取りだしては、

 

「お兄ちゃん、国民保険の通知来てるでえー」

 

「お兄ちゃん、銀行から重要なお知らせが来てるよ」

 

と、僕にLINEをしてくる。

 

なんだか急かされているようで不快だったのと、

 

人の郵便物を勝手に持って行っていきやがって、

 

という勘違いバカヤローが僕の中で起こっていた。

 

真相は、母が他人の郵便物を勝手に開封するので、

 

僕の郵便物をより分けてくれていたのだった。

 

その他にも、日本語教師の学校で、

 

僕の前に座っている女性が席を移った。

 

僕がよく話しかけるので、それがウザかったのかな、

 

と思ってヘコんでいたのだが、よく聞いてみると、

 

前方に録画用のカメラがあってホワイトボードが

 

よく見えなかったから、ということが判明した。

 

👇〝言わない日本人〟について述べた過去記事。

   読んだ人も必ずもう一度再読すべし!

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この二つの件については、

 

僕がはっきり相手に訊いたから分かったのだが、

 

いちいち確認しづらい状況だってあるだろう。

 

なので、本当はどうなのかなんて分からない。

 

分からないのであれば、自分なりに察して、

 

〝愛の解釈〟で赦していけばいい。

 

そう、私って〝高コンテクストな人”なのー、

 

で赦せばよいのだ!(って、わけわからん…)