香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

呪い方、教えます

 

 

先日、実家に帰った際、自分の部屋の本棚に、

 

《呪い方教えます》という本を発見した。

 

どうやってこの本を手にしたのかは定かでないが、

 

正直、この本のお世話になったことはある。

 

 

 

 

その頃の僕は、まだ30歳代だったと思う。

 

他に好きな人ができました、と言われて、

 

付き合っていた彼女にこっぴどく振られたことがあり、

 

相手の心を取り返したい一心で、

 

ここに書かれている呪詛を実行したら、なんと、

 

相手の好きになった男が病気になってしまった。

 

また、当時の職場にすごく嫌な同僚がいて、

 

この本に書いてある通りにしたら、その同僚が、

 

あり得ないトラブルを起こして辞めてしまった。

 

この本の呪術は日本の古神道からくるもので、

 

陰陽師とかとも関連があるようである。

 

まあ、呪う相手は、結局自分を投影したものなので、

 

自分を呪っているのと同じだ、と今なら解かるが、

 

この当時の僕は、スピリチュアルとか、精神世界とか、

 

何にも知らない、一介のビジネスマンだったので、

 

そんなことに思いが及ぶはずもなかった。

 

で、あまりの効力に恐れをなした当時の僕は、

 

その本を即座に封印してしまったのだった。

 

 

 

 

しかし、今こうしてこの本を改めて読み返してみると、

 

この本を書いた趣旨が、呪い(のろい)ではなく、

 

呪い(まじない)であったことがよくわかる。

 

あなたの心配事が、

 

こういう儀式をすることによって軽くなりますよ、

 

という、一種の古代式ヒーリングなのだ。

 

 

夢の現実を生きていると、あの人さえいなければ、

 

という思いを幾度となく経験する。

 

しかし、そのいなくなってほしいその人の嫌な部分、

 

それこそが、己(おのれ)の本性だ。

 

「いやいや、自分はあの人ほどひどくはないよ!」

 

と反論するかもしれないが、当たり前である。

 

自分の中のクソな部分を持っていたくないが故に

 

外へ追い出して、それを他者の中に見て、

 

憎んでいるのだから…。

 

なので、呪いたくなるような誰かが出てきたとき、

 

それは、自分が追い出した自分の本性を呪っている。

 

そして、呪いたいと思った本性の正体は何だったのか、

 

そのおぞましい感情を、逃げずに、ようく見てみる。

 

あの人も愛です、とか、もうみんな救われている、とか

 

兄貴に委ねる、といった、

 

そんなチンケな言葉で誤魔化さない。

 

そうすることで、

 

自分も兄弟も無罪だったことがはっきりする。

 

 

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傍観者からの脱出

 

 

台湾の友人が大阪へ来たので、コーハクで飲んだ。

 

彼は台湾南部の都市、高雄市出身の57歳で、

 

2年前に長年勤めた銀行を退職してからは、

 

地元の高雄市で、悠々自適の生活を送っている。

 

 

警察官だったヴィンセントと言い、

 

3月に香港でお茶をしたフランキーと言い、

 

そこそこ小金を貯めた中華圏の人たち(主に独身)は、

 

だいたい、50歳代後半でリタイアし、あとは働かず、

 

旅行をしたり、趣味や好きなことをして過ごす。

 

70歳になっても、まだ現役で働いていると、

 

日本では「すごい!」「頑張ってるね!」と称賛されるが、

 

中華圏では「かわいそう!」「悲惨!」と同情される。

 

まあ、これは、文化の違いで、人それぞれなので、

 

一概に、どちらの生き方の方がいいとは言えないが、

 

早期リタイアした香港や台湾の友人たちと話していて

 

僕がいつも感じるのは、ある種の〝つまらなさ〟だ。

 

みんな穏やかで優しく、楽しそうにはしているのだが、

 

生きている力強さ、みたいなものが感じられないのだ。

 

 

 

 

例えば、

 

彼らに、いま楽しいと感じることは何か、と訊くと、

 

皆一様に、旅行、食べ歩き、コンサートや映画、

 

ちょっとした習い事(ケーキ作りとか)と答える。

 

あとは、投資とか、資産運用とか…。

 

興味のあるものは全て誰かが提供したものであり、

 

自分はお金を払ってそれらを体験する。

 

まるで遊園地のアトラクションを選択するみたいに…。

 

なんていうか、常に〝傍観者〟なのだ。

 

日本のどこそこで、こういったことをした、

 

あそこで、なんとかという料理を食べた、

 

先日、こんな映画を見た、ああ楽しかった、終わり…。

 

本人がそれで楽しいのであれば、何の問題もないし、

 

他人の僕が、とやかく言うことではない。

 

でもなんか、安全な冒険話を聞かされているようで、

 

話していても、ぜんぜんワクワクしないのだ。

 

 

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と、ここまで書いてきてハッとなった。

 

僕自身が傍観者になってはいないだろうか。

 

これでも僕は物書きの端くれなので、本来、

 

人の〝生きざま〟をちゃんと観なければならないのに

 

表面だけを見ているのは僕だったのではないか?

 

彼らだって、こういった悠々自適の生活を送るまでに、

 

さまざまな葛藤や苦しみがあったはずだからである。

 

ううっ…、はんしぇい!

 

 

しかし、自分で切り拓いていると思っている我が人生も

 

遊園地のアトラクションと同じ、用意されたものだ。

 

自分では何も成し得ていない。

 

ていうか、そんな自分すらいなかった、というオチ…。

 

 

もうホントーに、長居は無用だ。

 

 

 

今の、いまの、今

 

 

授業もあと一週間となり、前期試験を終えると、

 

そこから、2か月の長い夏休みとなる。

 

前にも書いていた通り、今年の夏休みは、

 

どこへも行かず、何か新しいことをすることもなく、

 

静かに〝今この瞬間のありよう〟のまま過ごそう、

 

と思っている。

 

まあ、筋トレ、小説創作、ときどき新世界、で、

 

この夏は過ぎてゆくと思われ、これから過ごす、

 

何もない夏、に、すごく穏やかな気持ちでいる。

 

 

そんなおり、老人ホームへ入っている叔母を訪ねた。

 

叔母を訪ねるのは二か月ぶりだ。

 

85歳になる叔母はとても元気にしていたが、

 

「もうヒマやあー。退屈やあー」を繰り返していた。

 

辺鄙な場所にあるため、外出もままならず、

 

パソコンも、スマホも、使えない叔母にとって、

 

いまは、文庫本の西村京太郎シリーズを読むのが

 

唯一の時間つぶしになっているのだという。

 

それでも、彼女は今を受け入れて生きている。

 

85年間の人生の中で、僕には想像もできない、

 

様々な、絶望、悲しみ、憎しみ、よろこび、快楽、

 

を経験してきたはずなのに、今はこうして、

 

安らぎの毎日を送っている。

 

そうなのだ。僕たちはどんなことが起こったって、

 

ちゃんと死ぬまでは生きている。

 

だから、大丈夫なのだ。

 

今回の差し入れは、パンとお菓子だったが、

 

次回は、本をたくさん持っていくつもりである。

 

 

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叔母を訪ねた帰りに、高槻の実家に立ち寄った。

 

事前に行くと連絡しておいたので、母はたくさん、

 

夕食の料理を用意しておいてくれていた。

 

「私のおかあちゃん(僕の祖母)が死んだんは、

 

 あの年寄りの医者が手術に失敗したせいや!」

 

「仲良しのゆりちゃんが、特別養護老人ホームに

 

 無理やり入れられ、それから連絡が取れへんねん」

 

「この西瓜、ひときれ700円もしたんやで、

 

 ホンマもう世も末やなあ。そやけど、まあええわ、

 

 来年はもう、私もこの世におらへんし…」

 

ビールで晩酌をしながら、

 

すでに何十回と聞いた話に相づちをうつ。

 

 

湧き起こっては消えてゆく雲の流れのように、

 

一瞬顕われては、跡形もなく完璧に消え去ってゆく

 

様々な事象を、私の人生に起こった出来事、として、

 

後生大事に抱えていることが、アホらしくなった。

 

それだからこそ、今の今の今、を、

 

ちゃんと目を見開いて生きることが大切なんだ、と、

 

それが、

 

デイケアサービス2連発(笑)を終えた、

 

今日の僕の感想であった。(爆)(笑)