香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

神にさらわれそうになる

👆香港で、60歳になるともらえる長者カード

   乗物が2HKDになったり、生活保護もらえたり

     さまざまな優遇措置がある

     ちなみに写真の僕は61歳には見えない、だろ?

 

僕は以前から、

 

光の磁場が見えたり、兄貴が姿を現わしたり、と、

 

普通ではあり得ない超常現象的体験をした。

 

(と思っているだけ、かも…)

 

そして、

 

今回の香港滞在中にも似たような事が起こった。

 

 

コン親方のマッサージを受けてホテルへ戻り、

 

部屋でワインを飲みながら、いろいろやっていたのだ。

 

もうそろそろ寝ようかなあ、と、ベッドに横になったが、

 

しばらく眠れず、思わず寝返りをうった瞬間、

 

全身がプチプチと発酵するように痺れだし、

 

深みへ引きずり込まれる様な感覚に襲われた。

 

もう二度と、この世界に戻ってこれないくらいの、

 

すごい引き込まれかたで、僕は一瞬怖くなり、

 

全力でその大きな渦のような力に抵抗しようとした。

 

 

だめだ、このままでは、自分は闇へと引きずり込まれ、

 

2度とこの世界へは戻ってこれない、ヤバい、危ない、

 

なんとかしなければ…僕は全身を身悶えさせながら、

 

両手で自分の瞼をムリクリ押し開こうとした。

 

ふっ、と我に返った。眼前にはホテルの部屋。

 

一瞬、助かったぁと思った。

 

👆 呪いのおばさんのところにはいつも行列が…

      (コーズウェイベイの高架下にて…)

 

さっき、僕は神にさらわれたのだ、と思った。

 

しかし、この現実世界に戻れなくなる、という恐怖で、

 

力の限り抵抗し、神を振り切って戻ってきてしまった。

 

なんであの時、神の力に委ねなかったのだろう、と、

 

そのあと、巨大な後悔の念が押し寄せてきた。

 

👆 物価高の香港でも、野菜や果物は比較的安い

  (中国大陸から入ってくる)

 

思えば、これが初めてではなかった。

 

まだスピリチュアルのスの字も知らなかった2006年、

 

僕はベッドの上で心底くつろいでいた。

 

身体がふわふわと宙を浮き、半睡半醒の状態だった。

 

と、次の瞬間、ものすごい力で押しあげられるような、

 

掃除機で吸引されるような上昇の力に見舞われた。

 

その感覚はとても心地よいものではあったが、

 

一瞬、この力に身を委ねてしまったら気が狂って、

 

自分が自分でなくなってしまう、という思いが走り、

 

僕は力の限り抵抗し、その力を振り払った。

 

👆 街のお肉屋さん

 

僕は神への帰還に2度失敗したのだ、と思った。

 

いつ体を脱いだって構わない、とほざきながらも、

 

いざ、神が駆け寄ってくると、全力で跳ねのける。

 

僕はまだ、本当の意味で、神だけを信頼していない、

 

と、改めて思い知らされた。

 

非二元の人とかは、何かの拍子でたまたま(笑)

 

このような状態になった時に、たまたま偶然、

 

跳ね除けることなく受け入れた人たちなのだろう。

 

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事前に教えてくれれば準備もできるのだろうが、

 

神からの一歩は何の前触れもなく突然やって来る。

 

だから、地道にコツコツ赦してゆくしかない、

 

と〝悟った〟香港での一夜であった。

 

 

通り過ぎる夢

👆香港の料理に〝油〟は欠かせない

 

今回、僕が香港でずっと感じていたことは、

 

あらゆることは通り過ぎてゆく、ということであり、

 

目の前のものは全て消えてゆく、ということ、

 

そして、過去に起きたと思っている記憶を、

 

本当に今はもうない、という事実だった。

 

👆ティーレストランの風景

 

素敵なホテルでランチをしても、

 

占いに行ってどんなよいことを言われたとしても、

 

株が売れても売れなくても、

 

至福のマッサージを受けたとしても、

 

お気に入りのバッグを買っても、

 

ドラえもんの映画を観ても、

 

マッチの炎のように、一瞬ぱっと輝いたかと思うと、

 

次の瞬間には消え去り、ゼロへと戻ってゆく。

 

何ひとつ、留めておくことなんかできない。

 

 

愛する人との時間、天職と思える仕事、若さ、健康、

 

よい環境、自分のお気に入りが詰まった家、など、

 

自分にとって都合のよいもの、神に見えるものは、

 

少しでも長く留めておきたいと思うのが心情だが、

 

それが、いつ消えてしまうか分らない儚いもの

 

であるからこそ救われているんだ、ということが、

 

再認識できた今回の香港の旅だった。

 

だからこそ、今この瞬間に顕われる光を、

 

しっかり見て、味わい、見送っていきたいのだ。

 

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僕が、香港で体験したことは全て幻想で夢だった。

 

いや、これからの人生だってそうだ。

 

しかし、そこにいた瞬間瞬間は事実そのものなのだ。

 

これからも、僕はこの瞬間を赦し続けてゆく。

 

赦すこと以外、もう僕にはやることはないと思うから…

 

 

 

これ全部夢なので

 

深い心の闇が浮上してきて、

 

自分の心の中が罪悪感と無力感で一杯になった時、

 

僕の場合は、自我の思いを兄貴のもとへ運ぶ前に、

 

その思いをちゃんと観て、感じるようにしている。

 

それから、その不快感をウツボカズラで大放出する。

 

すると、分離なんて起こっていなかったんだ、

 

この世界は夢で、自分は夢を見ているだけなんだ、

 

ということを思い出すと共に、兄貴の存在を感じて、

 

ものすごい安心感がこみ上げてくる。

 

 

僕の場合、

 

「聖霊、私はいま、間違った見方をしています。

 

 どうしてよいか、私には全く分かりません。

 

 どうか愛を通して見れるよう私を導いてください」

 

と祈るより〝これ全部夢なんだ〟と気づくほうが、

 

心が安心する、というか、癒されやすい。

 

 

今、起こっていることや、それを見て感じていることは、

 

寝ている時に見る夢と同じで起こっておらず、

 

ただの映像で、自分は眠っているだけなんだ、

 

と思えることで、一瞬、すっと気持ちが軽くなり、

 

夢であるなら、どんな悪夢を見ても罪ではなく、

 

目覚めれば、本当の世界に戻れる、と確信でき、

 

それが愛(神)を選ぶ呼び水となる。

 

夢を真に受けて生きるのか、夢を夢として生きるのか、

 

その選択が、兄貴を選ぶか否か、に繋がっている。

 

 

この世界が夢で、本当ではないことが腑に落ちると、

 

いくら、罪まみれ、無価値感まみれ、憎悪まみれ、で、

 

闇の中をのたうち回っていようが、いまいが、

 

兄弟を愛で観れようが、観れまいが、そんなこと、

 

全く関係なくなる、というか、どうでもよくなる。

 

 

子供の頃から、親からひどい仕打ちを受け続けて…、

 

それがトラウマとなり、人が怖くて、自信が無くて…、

 

または、

 

病気だから、お金が無いから、人に裏切られたから…、

 

わたしはもうダメなんだ。

 

え?でも、これ全部、夢なんだよね、と、

 

たとえ頭でムリくり納得させながらであっても、

 

一瞬、意識がホッとするのではないだろうか。

 

「聖霊、私は愛で観たい」と祈るのは、僕の場合、

 

どこか、言葉で言っているだけになってしまう(笑)

 

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僕たちは毎晩、寝ている時に色んな夢をみるが、朝、

 

目が覚めた途端、夢に出てきた人はどこにもおらず、

 

トイレへ行き、歯を磨く頃には内容すら忘れている。

 

今体験していることが夢であるなら、真の自分は、

 

父から完璧に愛されている神の子であり、

 

愛で観れるよう導いてもらう必要などない。

 

世界は夢でしかなく、自己も他者もただの幻だった、

 

という角度から、全ての映像を赦してゆくようになると、

 

夢の世界にいる夢見る夢子(夢夫)の私が、

 

何を思おうが、何をしようが、どうでもよくなる。

 

なので、奇跡講座で言う〝幸せな夢〟の状態とは、

 

これは夢なんだ、ということを、頭ではなく、

 

体験として理解しながら生きることなのだ、

 

と感じている。