香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

デジタルのゆらぎ

兄弟てっちゃんちに2泊した。

1日目の夜は、兄弟てっちゃん、乙女ののりちゃん、さおちゃん、僕で夜通しリトリ。

今回は兄弟てっちゃんから学ぶことが多くて、ほんとすごかった。

もう見え方が実際に変わってしまい、日本に来てよかった、と心底思える時を過ごせた。


ワインが1本空くころ、乙女ののりちゃんが、この今見えている世界はただのデータで、

DVDに書き込まれた数字のデータが、映像となってここに映っているだけだ。だから、

ここに見えている映像が何をしても意味はなくて、ただデータの設定通りに動いている

だけなんだ、という話をした。

彼女は神戸リトリの間もずっとこの話を何度もしていて、僕も少し気にかかっていた。

そこで何気なく「どうしてただの数字の羅列が、映像に変換されるの?」

と僕がデジタル機器に詳しい兄弟てっちゃんに訊いてみた。


テレビの画像を近くでようく見てみると、赤や青や緑の粒粒が無数に組み合わさっているの

が見える。そのひと粒ひと粒に、デジタル2進法(0と1の組み合わせだけでできている数式)

があるのだという。

例えば、この色の組み合わせは〝1011…〟この色は〝1010…〟というふうに、

全て設定された数字の組み合わせがあり、その桁数が増えるほど、色が豊富になり、

粒子の粒が小さくなって、画像の鮮明度が増すのだという。

そして、DVDの画面に映し出される女優が動くたび、設定された一粒一粒の数字の羅列が、

ぐわぐわぐわ、とものすごい速さで変わることによって画面の色が変化するらしい。


昔は8ビット(8桁)までの0と1の組み合わせの範囲でしか粒子の色や大きさを

設定できなかったが、16ビット(16桁)→32ビット(32桁)→64ビット(64桁)と、

ビットが上がるごとに、色が豊富になり、粒の大きさも細やかになって、

映像はよりリアル感を増すようになっているという。


その時、直観が来た。ひょっとして、僕たちが見ているこの世界、例えば、自分の身体も、

他者の身体も、ワインも、木々も、ケーキも、スプーンも、言葉も、音楽も、空気も、星も、

太陽も、全部全部、この0と1の数字の羅列によってできているのではないか。

設定された通りに、これは雲、これは車、これは田中さん、と言う風に見ているということ? 

また、映像だけではなく、声や音声、行動にも設定があって、みんなその設定によって

動かされているのか。


そう思い至った瞬間、ぞわぞわぞわっ、と僕の全身に震えが湧き起こった。

眼前のあらゆるものがデジタルの数字の羅列に見えてきたのだ。

周波数とか、波動といわれる現象も、映像の裏でこの二進法の数字がグワングワンと、

ものすごいスピードで変化する際に起こるデータの揺らぎを感じて、

周波数と言っているのではないのか。たとえば、1024ビット(1024桁の0と1の組み合わせ)

より2048ビット(2048桁の0と1の数字の組み合わせ)のほうが周波数が高い、または、

波動が精妙だ、というふうに…。


ただ、そのデータを見て感じている喜びや怒りの感情はハートから来ている。

僕たちはその誤った感じ方を兄貴にゆだねて片っぱしから修正してもらうだけなのだろう。


僕は普段、空間の中を、何かの小さな粒子が流動しているように見えることがよくある

のだが、それもこの無数の数字の羅列の変化がみえていたのだと推察できた。


それからてっちゃんは量子物理学の〝シュレーティンガーの猫のはなし〟をしてくれた。

色も大きさも形も全く同じ箱がふたつある。そのどちらか一方の箱の中に黒猫が入っている。

そこへ、どちらに黒猫が入っているか全く知らない人がやってきて、どちらかの箱を開ける。

だが、その箱を開けるその瞬間まで、黒猫がどっちの箱に入っているのかは確定されない。

つまり、見る者が、見られる者の方へ意識を向けてそれを見る瞬間まで、

世界はない、ということだ。

要するに、自分が月を見ていないときは、月は存在していない、ということになる。

例えば、自分の前を人が通り過ぎ、視界から消えた途端、その人は消えている、というのだ。

ということは、絶対に直接見ることができない自分の背後は無だ、ということになる。

向こうの角を曲がってバスが現れるまでは、そんなバスなど存在してもいない。

いま、あの人はどうしてるかなあ、電話してみよう、と意識がその人に向けられた瞬間に、

その人がどこかに立ち現れる。

突きつめて言えば、今自分が見ている、この限られた視野の風景分しか世界はない、

ということだ。

そう言う観点で見れば、無限に広がる宇宙も、何億光年彼方にあるナントカ星も、

すべて設定によってプログラムされた〝トリック〟だということが見えてくる。


そういう話を3人でしていたとき(さおちゃんは寝てしまっていた)、僕の中で、

マトリックスのようなデータ数字の羅列のイメージと、見ている世界しか世界はない、という

量子物理学のイメージが重なり合い、ぐわぐわぐわ、と

僕の世界が変わってゆくのが分かった。

これは比喩ではなく、本当に景色がまったく違って見えるのだ。


あの、兄弟てっちゃんと、乙女ののりちゃんと過ごした夜からすでに4日が過ぎているが、

全ての人やモノ、自分の肉体までもが、もう完全にデジタルの0と1だけの数字による

組み合わせで再生された、ただのデータ映像のように見え、完全に白けてしまった。

〝何も存在すらしていない。自分はないものを見て一喜一憂している!〟

いま自分は香港の自宅にいるが、日本にいると思っている両親も、

乙女ののりちゃんも、どうすればいいのだろうと心配している事柄も、全く存在していない。

存在しているのは、それを見たり、聞いたり、考えたり、した時に感じている

自分のハートだけだ。

データを見て感じている喜びや怒りの感情はハートから来ている。

僕たちはその誤った感じ方を兄貴にゆだねて片っぱしから修正してもらうだけだ。


「もうこんなデータの世界なんか要りません。この数字の羅列を消去して、

正しい知覚に修正してください。僕を正気に戻してください。」と兄貴に依頼する。

もう、先週までのように、自分の罪悪感を相手に投影しているとか、

相手は前にやってきた自分だ、という概念も必要なくなってしまった。

だって、ただのデータなのだから。

広大な宇宙も、どこか知らない場所で自分の噂話をしている誰かも、存在してはおらず、

あるのは、自分が見たときだけ現れる、張りぼての舞台とその前で0と1の設定どおりに

話したり行動したりしている役者だけ。

本当に、よくまあここまで精巧に作り上げたものだ。

それも 0 と 1 だけで…。

そんな陽炎のような世界で一喜一憂し、落ち込んだり、怒ったり、泣いたり、笑ったり、

してたなんて。


このデジタルの数字の羅列が兄貴によって解体され、削除されれば、後に残るのは

正常なハートの光だけだ。そうなれば、すべてが愛の光のみになるだろう。


ただ、このトリックに絶対に気づかれたくないエゴは、これからも様々な新商品を

出してくるだろう。

ネットやスマホはもとより、これらの設定を利用して作られた魔法グッズ、

真実を共振させ、本当の自分に戻ってゆきましょう、という名のもとに行われる金儲けなど、

さらに巧妙に仕掛けてくる。


また、なぜこの世界が二元なのかも分かった。

だって、ふたつの数字だけでできている世界だから。


ネットやスマホの世界はまさにこの虚構世界の中に作られた、もうひとつの虚構世界だ。

しかし、このデジタルの世界の出現によって、僕たちはこの現実世界も0と1で作られた

虚構世界であることに気づいてゆける。

なんとも、不思議なアイロニーだ。


最後に、今回は兄弟てっちゃんが僕の見方を変えてくれた。乙女ののりちゃんも

「てっちゃん。すごいじゃん。」と感心していた。

兄弟てっちゃん、さおちゃん、本当にお世話になりました。