香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

雨の日の思索

1週間ぶりにジムへ行った。

7月で会員権が切れると思っていたら、10月5日まで有効と告げられ、

もうしばらく真面目に通うことにする。

近頃、高重量を扱うフリーウェイトでの筋トレを、あまりやらなくなった。

以前は90KGくらい挙げていたが、今では50KGがせいぜいだ。

筋肉を増強させるより、マシンで骨や筋を伸ばしたりするほうが、心地よく感じる。


いつものように、瞑想エリア(本当はボクシングエリア)で瞑想をする。

全てが数字の設定だと分かって以降、現実の時空がぼろぼろと消滅を始めている。

仕事に集中している時でも、空間が小さく粒子化して見えるので、

〝これ、全部ウソだ!〟とすぐに気づく。それでも、それを本当だとして、

歪んだ設定を採用してしまうときは多々あるため、そのつど兄貴に身を任せている。

僕の場合、兄貴は常に僕の身体から少し後方にずれた位置で存在していて、

ハートのひゅんひゅんは、みぞおちのちょっと奥まったところに体感されている。

そして、この二つは道後連動しながら、僕に様々な啓示を見せてくれる。


瞑想しながら、自分を内観する。

仕事中に他者とやり取りをしている自分。テレビを見てなんやかんや感じている自分。

友人と雑談をしている自分。怒っている自分。悲しんでいる自分。笑っている自分。

これ全部、自分じゃない。設定によって作り出された、まやかしの自分だ!

もういい。いらないよ。俺は兄貴とひとつになることを選んだ。

その後、父の子の記憶を持つ兄貴(本当は自分)と一体になりながら、しばしたゆたう。


このとき、魔境がやってきた。

筋トレ、仕事、小説、恋愛、生活のこだわり、など、

今まで魅力的だった事の数々が僕の中で終わりを告げようとしている。

それでも、ハートのひゅんひゅんは日増しに強くなる。

やがて、何もないのにひゅんひゅんしていると、なんだか退屈に思えてくる。

そこで、退屈しのぎに何かやってみようかな、と考える。

世界はない、と分かってやっている分には大丈夫だろう、と勝手な言い訳をしながら…。

やるなら、スピリチュアルの定義を満足させられるような仕事や商売(あれば、だが…。)

をやろう。それなら、なにも矛盾は起きない。ひゃっほーい。


どうせ、肉体を脱ぐまではこの幻想の世界にいなければならないのだ。

それなら、思い切り肉体を若く保ち、さまざまなことを楽しんではどうだろうか。

楽しむにはお金も必要だ。あまり自分の時間を割かずにできるビジネスだってあるかも。

それが成功すれば、スピリチュアルなことにもっと集中できるし、好きなこともできる。


ノーッ!ストップ イット!

スピリチュアルといえば、どんな人の日常でも、24時間全てがスピリチュアルのはずだ。

それに、一体、兄貴(本当の自分)以外の誰に、何をしてもらおうというのだ。

エゴを前にして、これは兄貴だと無意識のうちにすり替えてしまう。

父の光のように見えるものは、父ではない。

これはすり替えなんかじゃありません、と言い返してしまえるものはすり替えなのだ。

まやかしの自分が考えたことは、すべて間違っている!

〝幸せな夢〟は、状況の変化や、肉体的な変化によってもたらされるものではないからだ。


それに何より、退屈しのぎに何かやってみよう、

と考えたために、自分は父から離れたと勘違いしてしまったのではないか。


そっと目を開けると、空間がざわざわして見えた。目の前の鏡が柔らかくて、

手がずぼっと入ってしまいそうだ。そっと手を伸ばしてみる。

ごつん。中指が鏡の表面で止まった。


一人の女性がやってきて、サンドバッグをバンバン蹴り始めたので、退散する。

週一で行われるこの瞑想の時間は、僕にとって、先週1週間の中で差し出された幻想を

ちゃんと終わらせていく為の、とても貴重な時間となっている。


でも、最後更衣室へ向かう途中で思った。

〝こんなことを考えている自分も、兄貴と一体になったら、消滅するんだろうなあ〟

って。


もう、余計なことは考えず、迷いなく終わるに任せてゆく。