香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

聖なる一日


↑もうすぐ春ですねえ。

今日は久々に夜8時まで残業をした。

午後4時ごろにフィリピンの総経理からメールがあり、

全体会議の資料を作ってほしいと依頼された。

それから、有無を言わさず、ポンポンポンポン、

と、大量の元資料がメールされてくる。

それも、見たこともない資料ばかりだ。


以前はフィリピンにも財務部長がいたのだが、

その人が辞めてからは経理担当者のみとなっていた。

そのため、経理資料に不慣れな総経理が、

こちらへ仕事を振ってきたのだ。


自分は、明日は広州へ出張だ。

しかし、会議は来週の月曜日で、

金曜には資料をパワーポイントにまとめ、

本社へ提出せねばならないという。


いまからやって間に合うのか、という不安。

これは自分がやる仕事ではない、という怒り。

断る理由を探している自分に対する罪悪感。

仕事ができない奴、と思われるのではないか

という恐怖。

さまざまな0と1の設定が自動的に湧きあがってくる。

だが、そこはもう、やり慣れた赦しである。

いつものように、出てくる前から、兄貴に大放出する。


〝わたしは見てない。何も見てないわ!〟

と、シカトを決め込むケリーの横で、

ウツボカズラ大放電を行なう。

ぐっと両手をあげ、0と1の数字を大放出した時、

ワイシャツがめくれ、おへそが見えてしまった。

やばい!セクハラで部下に訴えられるかも…。

だが、それも0と1の数字にして兄貴に明け渡す。


その瞬間、ばーんっ!、

と誰かに頭をはたかれた様な衝撃が走った。

目の前がカチカチとショートする。


〝キリストがどうして汝を傷つけたりするだろうか。〟


その声ではない声が降ってきた途端、

わかったーっ、という深い感慨に打たれた。


そうだ。みんなキリストだった。

キリストである兄弟が、

自分に危害を加えるわけがないではないか。

キリストに攻撃されるなんて、絶対にあり得ない。

目の前の兄弟がどんなに何かしているように見えても、

やっぱり、何もしていない。


雷のように腑に落ちた途端、

周囲の全ての兄弟に対する感謝と愛が生じた。


↑2013年4月奈良ホテルにて。

はっと我に返り、ゆっくりとデスクへ戻る。

誰も自分を傷つけない。なぜならキリストだから。

という100%の自信のもと、

フィリピンの総経理に電話をした。

内容を確認し、作業に取り掛かる。

やりはじめると、辞めた前任者がめちゃくちゃな表を

作っていたことがわかった。

しかし、それも幻想だ。

愛しい兄弟である前任者が、

自分に何かをさせるはずがないではないか。

最後、資料をメールし、帰途についた。


↑2013年4月撮影

全身、至高のエクスタシーに覆われ、

喜悦に身体をヒクヒクさせながら、

神の愛に酔うことだけが啓示ではなかった。


理屈抜きにストンと分からせる、

そんな啓示もあることを知った一日だった。


そして、そんな、聖なる瞬間は、

何の変哲もない、日常のひとコマに

隠されている。