香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

デカダンな休日

イースターの休暇が始まった。

休暇一日目は、アメリカで最も成功した詩人

といわれるキンドバーグの学生時代を描いた映画と、

(途中から見たので題名はわからない。多分、

ハリーポッターの人が主役のような気がする。)

中国文化大革命時代の作家で、

僕が最も敬愛する作家、張賢亮の小説で始まった。

張賢亮は、彼の死後もなお、頭のおかしい作家として

中国文壇から排除されている存在なのだが、

僕にとっては憧れの作家である。

やっと手に入れた作品集をいつも大切に読んでいる。


たとえ僕が、父の待つ故郷へ永遠に帰還しても、

この張賢亮の作品のように、無名の僕の作品が

誰かに読まれる、なんてことはあるのかな。


こうして、キンドバーグの頽廃的でデカダンな世界と、

張賢亮の淫微で硬質な文章で、休暇は始まった。

神の側から全てを観るようになってから、

文章が書けなくなりつつある。

多分脳のどこかのスイッチが変化しているのだろう。

特に、長文が書けない。

でもまあ、これも兄貴に任せ、ゆったりやって行こう。


ジントニックの酔いに任せ、

へんてこりんな文章を作ってみた。



『あると思っている人生』

僕たちに、前世の記憶がないように、

ゆうべ見た夢すらも覚えていないように、

過去に起こったあのことも、

今日体験したこのことも、

明日見るであろう風景も、

やがては全て忘れ去られ、

忘却の彼方へと消え去ってしまう。

そしてまた別の物語がはじまり、

それもまたなかったことになる。

そんな、いずれなかったことになる人生に、

はたしてどんな意義があるのか。

なかったことになるような人生すらも、

結局、初めからなかったのだ、と知る。

そして、もうこんな馬鹿な遊びをやめ、

家路につこうと決心する。

気がつけば、近くで誰かが、

〝起きたかい。おはよう。〟と言っている。

そのとき、全ての記憶が回復し、

僕は永遠に在ったことを知るのだ。