香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

記憶はいま創られる?

古い革靴を整理しようと、

1年ぶりくらいで靴箱を開けたら、

リーガルのひも靴が出てきた。

こんなボーリングシューズみたいな靴、

一体いつ買ったのだろう。

仕事がしやすいよう、靴は全てローファーのはずだ。

だが、靴箱に放置されていた間も、

チョイ姐がちゃんと手入れをしてくれていたらしく、

カビも生えておらず、皮もピカピカだった。


最近、今の状況が、過去の記憶に繋がらない

ということがよくある。

単なるもの忘れというのでもなく、

うまく説明できないのだが、

過去にこういう出来事を経験したので、

いまこういう結果になっている、という感覚ではなく、

いま何かを見たり聞いたりした瞬間に、

現在のこの状況に都合のよい過去が創作され、

ぱっ、と眼前に立ち顕れてくるようなのだ。


ケリーから出張旅費をもらう段になって、

自分は上海へ出張に行ったのだ、という過去が現れる。

契約書が差し出され、サインしようとした瞬間に、

その契約書に見合った、

辻褄の合う出来事が創られる、そんな感じである。


過去に様々な事があって、

いま、ここに、これがある、のではなく、

いま、ここにある、これ、を見た瞬間、

ばばばばーっ、と0と1が配列を起こし、

過去が創られるのではないか。

別の見方をすれば、

いま、自分が与える解釈、意味づけによって、

過去が創りかえられている、とも言える。

さらに進めば、

いまの意味づけさえもなくせば、

過去さえも創られない、ということにもなる。


今日の靴のように、靴はあっても過去がない、

というのも、納得できる話だ。


だから、今日の過去と明日の過去は違う。

これが、時間が繋がっていない、

ということの体感なのだろう。

以前、このままでは仕事に支障が出るのでは、

と、乙女ののりちゃんに相談したことがあったが、

答えは「大丈夫。大丈夫。なんとかなる。」だった。


これって、量子と関係があるのでは?

こんど兄弟てっちゃんに訊いてみよっと。