香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

兄弟との時間

今日は、兄弟てっちゃんが午前中、

町内会の総会に出席しているので、

昼過ぎにてっちゃんが戻ってくるまで寝てた。

(昨夜は午前5時まで語り合っていた。)


お昼だよ、とさおちゃんに起こされ、

手作りのポテトサラダとそうめんをいただく。

お手製のそうめんつゆは、飲めるくらいおいしい。


それから、しばらく部屋で、ゲイリーの3冊目の本を

英語でもいいから読みたいと、さおちゃんに頼み、

英語ぺらぺらきりちゃんに訊いてもらったりして、

まったりと過ごす。


そうこうしているうちに、夕方近くになり、

みんなで星乃珈琲へ出かけ、そこでだべった。


話題はやはり、いまにいて赦す、ということだった。


目の前にコーヒーがある。

これがコーヒーだと認識できているのは、

過去にコーヒーを体験して知っているいるからだ。

しかし、パラパラ漫画のひとコマだけにいると、

それは過去のコマと切り離されているため、

これがコーヒーだと、決して認識できないはずだ。

それが〝いまにいる〟ということだ。


しかし、僕たちはこれをコーヒーだと認識できている。

ということは、僕たちは常に過去の記憶を見ていて、

今にはいないということだ。


じゃあ、今にいる、ということはどういうことか?

実は、最初にコーヒーを見たとき、

わずか0.00000001秒ほどの間だけ、

それがコーヒーだと分からない一瞬がある。

次に、コーヒーという過去の記憶を呼び覚まし、

それに、好き嫌いなどの意味づけをした後、

これは僕が注文したコーヒーだ、と認識している。


要するに、今にいれる瞬間は、

まさにこの0.0000001秒の間だけ、ということになる。


これは人に対しても同じだ。

加藤さんという映像のひとコマがくる。

最初、これが何かわからない一瞬がある。

次に、こんなことをして、あんなことをされた、

という過去の記憶のコマにつなげ、

だから僕の苦手なあのコンババ加藤さん、

という意味づけをして、認識が完了する。

こんな作業を、1秒間に何億回と繰り返しながら、

僕たちは生活しているのだ。


このパラパラ漫画のひとコマひとコマの0.000001秒

に毎瞬毎瞬いるなんて不可能だと思う。

だから、兄貴にやってもらう。

もうこんな偽りの意味付けは要りません。

うんざりだ。狂ってる。もういやだ。

でも、僕にはどうすることもできません、

だから、削除してください、と兄貴に明け渡す。

それが赦しだ。


聖霊目線の正しい知覚で全てを見させてください。

そして、最後にはこの0.0000001秒の世界だけに

留まり、神の一歩を受け入れるのだろう。




というようなことを、

互いの体験を交えながらぺちゃくちゃと話し続けた。

さおちゃんは、そこらへんを徹底してやっている。

彼女は全てを聖霊に任せ、

何ひとつ自分でやろうとしない。

いろんなブログや映像を見まくって、

ああだ、こうだ、ということも一切しない。

ただ、自分の聖霊のみを信頼して

24時間、こっちこっちこっちと明け渡している。

すごいな、と思う。

夜はさおちゃんお手製の手料理に舌鼓をうちつつ、

ワインを楽しむ。

料理は温野菜のマリネとスペアリブの角煮。

すんごいおいしい。角煮はほとんど僕が食べた。

11時ごろ寝て、僕とさおちゃんは2時ごろに復活。

しかし、てっちゃんは最後まで復活ならず…。

ザンネーンッ!