香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

やっぱりハートでやってゆく


ここのところ、

ずっと、ハレ師匠の映像を観ながら通勤している。

まだハートを中心に講義していた頃の映像だ。


そして、思った。

〝ハートの悦び〟が入ってなければだめだ、と…。


〝ハートを感じていると、上がったり下がったり、

 ジェットコースター状態に陥りやすい。〟

〝ハートを感じる方に重点を置いていると、

 赦しがおろそかになる。〟

〝自分がハートそのものなのに、

 それを別の誰かが感じているように感じるのは

 分離しているのでは?〟

〝赦し第一! ひゅんひゅんはオマケ。〟


さまざまな〝意見〟に僕も迷いがあった。

でも、いい。

やっぱりハートでやっていく。

自分がそう〝感じる〟のだから仕方がない。


ハレ師匠の初期の講義を聞き、

再度、ハートについての理解が深まるにつれ、

「ハートを感じているときが、

 今にいる、ということなんですよ。」

というハレ師匠の言葉が、改めてストンと入った。


以前から、

〝分離感〟からくる、やかましい思考のその背後に、

〝均一な喜悦〟が流れているのを感じていた。

AさんBさんを造っている意識の更に奥底にある、

おおいなる歓喜の流動…。


もういい。

ぼくは、そこを中心にやっていこう。

最近の僕はとても平安だ、と最近の記事で書いた。

24時間、明け渡しを行ないながら過ごすうち、

以前は1日100通くらい来ていた

業務メールの数が、10通くらいにまで減少し、

周囲は同じ顔ぶれなのに、

攻撃を受けることもなくなった。

あっ、どうしよう、と思うようなことが起こっても、

知らない間に誰かがやってくれていたり、

あっけなく解決したりして、結局は平安に戻る。


先週も、おもしろかった。

いつもはタメ口でくる佛山工場の總經理が、

「こちらへ一度ご訪問いただけると幸甚であります」

なんてメールをよこしてくる。

最初、冗談かと思っていたら、実際に話しても

こんな感じなので驚いた。

フィリピン出張も、新しく現地で人を雇うことになり、

これからは行かなくてよくなりそうだ。


そしてとにかく、周囲の人がやたらと優しい。

道行く人でさえ、気持ち悪いくらい優しい。


考えてみれば当たり前のことなのかもしれない。

兄貴に削除を依頼しているのだから、

依頼通り削除されれば、消えるのは当然である。

それならそれで、ただ普通にしてればいいだけの話

なのだが、ところがどっこい、

平安であったらあったで、不安になるのだ。


こんなに急激に現実が変わるのはおかしい。

本当は、みんなで僕を仲間外れにしているのでは?

みんなが優しいのは、裏になにかあるから?

いろんな人が助けてくれ、業務が楽になる、

ということは、僕なんかもう必要ないってこと? 

などなど…。


結局、平安になったらなったで、居心地が悪い。

さまざまな、エゴのつぶやきが出てくるのだ。


いったい、どこまで分離感を使えば気がすむんだ、

と、我ながら、ほとほと、あきれてしまう。

もちろん、こんな分離の信念など信じない。

でっちあげ猜疑心に惑わされることもない。

ただただ、全部兄貴に委ねる。


しかし、兄弟がいてくれて本当に幸せに思う。

こういう〝聖霊に対する疑い〟が出たときにも、

気づいて、軌道修正できているのは、

日ごろから、さまざまなシェアをしてくれている

兄弟たちがいてくれるからだ。

だから、余裕で気づける。

もし、ひとりでやっていたら、

この、ほんの少しの兄貴への疑いが、

やがては、分離の信念を強化し、

再び、ズドーン、と落とされるような現実を

造り出しているところだった。


ほんと、兄弟ってありがたい。