香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

委ねきれ!


↑モールにつるされた正月の提灯。
 日ごとに数が多くなってゆく。

ヴィパッサナー瞑想から戻って2週間が経った。

今思えば、あの時間は本当に貴重だったな、と思う。

神の子やエゴと真正面から向き合い、

過去世や未来世に及ぶ全サンカーラ(心の条件付け)

を明け渡して最後に聖霊を操縦席に座らせるための、

特別に仕組まれた10日間だった、とわかる。


僕の場合、兄貴によって仕組まれたカリキュラムは、

あの時点で一応完結してしまったようなので、

今後、毎日ヴィパッサナーを修行することはない、

と思っている。

が、今でも会社の昼休みとかには瞑想している。(笑)

体が何かに反応したときなどに、

細胞の中に感じる投影の種をスキャンし、

平静心を以って観察するにはとてもよいツールと思う。

(いつまで続くかは分からないけれど…。)


ただ、あの10日間の中で会得できたことは、

今、自分が何をしているかをちゃんと分かりながら

行動できるようになったことと、

現実の全てが、現れては消えてゆく幻想だと

真に自覚できたこと。

そして、聖霊兄貴と常にともにいる、

と心底体感できたことにあった。


道を歩くとき、同僚と話をするとき、買い物をするとき、

メールをチェックするとき、一人ぼうっとしているとき、

常に聖霊兄貴と一緒にいると言う感覚。


今日も、朝、オフィスでコーヒーを飲んでいるとき、

「委ねきれ!」

という兄貴の声が聞こえてきた。

言葉と共に理解が走る。

やはり、娑婆に戻って、いろいろ仕事とか始めると、

ついつい自分で考え、突っ走ってしまう。


ああ、そうだ。もう委ねきってしまっていいのだ。

ただ、それは、何もせずにぼーっとしている、

ということではない。

普通に仕事をし、服を選び、人と世間話をするのだが、

そんな自分さえも委ねてしまう。


聖霊兄貴と一緒にやる、というよりも、

聖霊と一緒にやっていると思っている自分、

言い換えれば、委ねきろうとして、それを実行しよう

としている自分さえも委ねきってしまう。


たとえば、

同僚との噂話の中で誰々さんの事を批判してしまった。

あっ、やめなきゃ、委ねなきゃ、兄貴お願いします、

ではなく、それさえもそのままで委ねてしまう。

要するに、

自分でやれることなんて何もないということなのだ。


もちろん、まだまだ修行中の身である僕は、

24時間、完璧な平静心でいられるわけではないが、

聖霊モードとでもいうのだろうか、うまく言えないが、

ある軌道に乗ったような、妙などっしり感というか、

確信からくる変な自信めいたものを感じている。


なので、

「それはちょっと違うんですよ!」とか、

「真実はそこではないんですよ!」と言われたとしても、

体感している真実のほうがリアルすぎて、

だれかと議論する気さえ起きない。


それに、

もし本当に間違った方向へ進んでいたとしても、

きっといつか、ちゃんと兄貴が修正してくれる。


誰に言われた言葉よりも、

どの本に書いてあることよりも、

自分が、いま、そう感じているのなら、

それが一番正しいのだ。


そして、最後には、この聖霊兄貴こそが自分だと、

自覚する日が来るのだろう。


↑家に戻ると、お手伝いのチョイ姐が、
 お正月の花を活けておいてくれました。

旧正月前と旧正月後(2月8日)で、

なんかまるっきり違ってしまった感が否めない。

毎日会社で仕事をしているが、なんというのだろう、

すでに終わっている事をしているような感じである。

こうやって、起こっては消え…、現れては消え…、

どんな幻も消えてゆくのだ。夢見てるみたい。

そんな、元から起こってもいないものにちょちょ舞い、

一喜一憂している。

僕もまだまだそういうところはあるが、とりあえずは、

聖霊の意のままに動いてみようと思う。