香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

どうでもいいけど PART2


↑香港では刺青を入れた兄ちゃんが多い。

金曜日は銀行での融資の面談が早く終わったので、

そのまま直帰を決め込み、ジムへ行くことにした。

前回ジムで筋トレをしたのが旧正の休み前だから、

まさに1カ月ぶりである。


演歌、AKB48、筋トレ、小説…。

旧正月前まで大好きだったことが、

旧正月の休みを終えて香港へ戻った途端に

全く興味をなくしてしまった。

果ては、精神世界的な映像やサイトなども、

なぜか、あんまり見たいとは思わなくなった。

その代わり、

聖霊兄貴とずっと交流している日々が続いていて、

先日アマゾンで衝動買いしてしまった書籍だけは、

まあ、なんとか読まされている。(この話はまた後日。)


平日の昼間にも関わらず、ジムはすっごく混んでいて、

マシンも並ばないと利用できないほどだった。

久々に胸と肩を鍛えるが、筋量が相当落ちている。

以前は軽々と挙げていた50ポンドのダンベルが、

ぜんぜん挙がらない。それでも頑張って続けていると、

最後は肘に違和感が出はじめた。


早々に筋トレを切り上げ、

ストレッチエリアで瞑想をはじめる。

呼吸を使って行なうアーナパーナから始まり、

次にヴィパッサナーで身体中をスキャンしながら、

多分近い将来に投影されるであろう元ネタを、

細胞の隙間からほじくり出して、ダンマ(聖霊)に

取り消していってもらう。

最後は、聖霊兄貴と会話をしつつ、

量子分解法で愛と慈しみの素粒子を

爆発的に発し続けながらフィニッシュ!


やっているうちに、気づいた。

瞑想も、性的オーガズムや薬でハイになるのと同様、

顕われては消えてゆくただの状態だ、ということ。


〝いま在る単純さ〟の中に委ねる。

それが聖霊兄貴に委ねきる、ということなのだ、と。


なので、別に瞑想をしても、しなくても、

委ねきっていれば関係ない、と思えてきた。


そんなことを考えながら我に帰れば、

1時間以上経っていた。

ということで、今日は日曜日。

丸一日、書斎で小説を書いて過ごす。


金曜の筋トレがたたり、体中、ひどい筋肉痛だ。

気持ちが散漫になり、小説が書き進められないので、

以前書いた小説を中国語へ直す、という

機械的作業に集中する。


そのとき、主人公が発するセリフの中に、

「まっ、俺には関係ないからどうでもいいんだけど。」

という言葉がでてきた。

そのとき、何か喋ると最後に必ずこのフレーズを

付け加える、ある同僚のことが脳裏に浮上してきた。


数日前に、大阪のおばちゃんの口癖として、

散々人の噂話をした後に、まあどうでもええけど、

という一言を付け加える、という話を書いたが、

その同僚も全く同じで、


「あの人のせいで納期が遅れているんですよ。
 
 まあ、僕には関係ないですけど。」


「お酒飲むのを止めたんで体重が5キロ減ったんです。

 まあ、どうでもいいんですけどね。」


「どうしてパスポートの更新費用が

 会社負担じゃないんですかね。

 ページがなくなったのは全部出張のせいなのに。

 別にどうでもいいけど…。」


と、何から何までこの調子なのである。

しかし、本人はそのことに全く気付いていない。


これって一体どういうカラクリなんだろう、

と思いながらも、耳にするたびに赦していたのだが、

「どうでもいい。自分には関係ない。」の一言って、

自分の中から出て来た怒りや憎悪を隠蔽するための

方便なのではないか、ということに思い至った。

まあ、マントラと同じようなものだ。


言わば、自分が出した家の中のゴミを見て、

一瞬、ああ、こんなにゴミを出してしまった、

という嫌悪と罪悪感がこみ上げてくるのだが、

いやいや、これは私とは関係ない、

これは私が出したごみではない、あの人のゴミだ、

だからどうでもいい、と、

自分事を他人事にすり替えて納得させるやり方だ。


でも、そう言う彼を見てイラッと来ている僕の中にも、

隠蔽している嫌悪すべき幻想の汚物がある。

一者の夢の中では、彼は僕、なのだ。


結局、

テレビの中の出来事であろうと、

ネットの中の中傷であろうと、

友人の不幸であろうと、

どこかの国で起こっている災難であろうと、

認識した瞬間、それは自分の投影となる。


ということで、日曜日の午後はずっと、

「どうでもいいけど」を明け渡して取り消すことに

専念することとなってしまった。