以前、
僕たちは眼球の裏側に映る映像を見て生きている、
みたいな記事をこのブログで書いたことがあったが、
なんと、長年、聖書を研究している人が、
僕と同じようなことに気づいたという情報を、
時々拝見させていただいている〝mom〟さんの
《日本や世界や宇宙の動向》というブログで知った。
その聖書を研究している人の記事によれば、
眼球内部と妊娠中の子宮内部は全く同じで、
また、その構造は旧約聖書の世界と同じだ、
というのである。
まず、胎盤が網膜で、羊水は硝子体液、
へその緒は硝子体管に対応し、
へその緒から胎児に栄養を送るのと同じ仕組みで、
硝子体管はレンズに栄養を送っている。
そして、レンズから視神経へ向かって、
眼球の中央を通っている神経は、出エジプトの際、
紅海が二つに割れた道筋と同じものだ、としている。
また、視神経の表面に交差する松果線は、
キリストの十字架であり、神へと通じる狭き門とは、
視神経のことだ、と本人は語っている。
まあ、他にもいろいろと述べられてはいるが、
要は、眼球の中は、神の世界の模造となっており、
同時に、この物質世界の模造ともなっている、
というようなことが趣旨のようだ。
真偽の程は別として、
眼球の外に、眼球を使って視るような世界は無く、
僕たちは眼球の中に映し出された世界に生きていて、
常に閉じられた幻映の世界にいる、ということを、
この人は直感的に察知したのだと思う。
だからどうなのだ、と言われればそれまでだが、
同じようなことを考えていた人がいたなんて、
ちょっとシンクロ。ちょっと嬉しい。
↓ 眼球に関する過去ログ ↓
眼球の裏側からの脱出 - 香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー
それに、眼球が二つある(世界が二つある)のも、
0と1の二元の象徴だともいえる。
僕たちは右と左の眼球の世界を行き来しながら、
ひとりで2つの自己を演じているのだろう。
昨夜、ふと、
こういうスピリチュアルなことに触れ始め、
さまざまな不思議な体験をするようになったのは、
いまのこの会社に入った2010年あたりからだな、
と思った。
それまでは、バリバリの外向き他責型人間だった。
しかし、この会社に入ってから、あやこさんに出会い、
ハレ師匠に出会い、ヴィパッサナーに出会い、
その他大勢の仲間に出会いながら、気が付けば
ここまで来てしまった。
その間、会社員であるにも関わらず、
長期の休みが取れ、生活の心配をすることなく、
香港と日本を行き来しながら、
さなざまな取消しのレッスンをしてこれた。
今思えば、もう、あのころからすでに、
兄貴の期間計画は始動されていたのだと思う。
こうしてみると、気づきや導きって、
後になってから、ああ、あれがそうだったのか、
とわかるものなのかもしれない。