香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

復活祭だよ!

雨季の香港。今日もずっと雨が降っていた。

明日一日働けば、復活祭の連休に入る。

今年の復活祭も、食糧とワインを買い込み、

家でお籠もり三昧を計画していて、

天気のよい日があれば、裏の森で瞑想しながら

ゆったり過ごそうと考えている。

ああイエス様。今年も復活してくれてありがとう!


今日は、

事務所の財産保険と、従業員医療保険の更新の件で

保険ブローカーの人が、うちの事務所を訪れた。

丁度、会計監査の人が会議室を使っていたので、

二人、近くのレストランでお茶を飲みながら話す。


レストランでは保険の話などはほとんどせず、

ヴィパッサナーの話や、明け渡しのことや、

周波数や、波動の話に終始していた。

普段から、そっち系の話はあまりしないよう、

心掛けていたのだが、

「旧正月は山奥へ瞑想に行かれたらしいですね。」

と、向こうから話を振ってきたものだから、ついつい

いろいろ話してしまった。聞けば、宇宙人総経理が、

僕のことを、あちこちでペラペラ喋っているらしい。

まあ、お互い様だけど…。(笑)


アンフィニ時代から〝真実を表現する〟ということを、

徹底的に仕込まれたからか、ビジネスのシーンでも、

〝僕、今、さっき言われたあのことを赦してるんです〟

みたいな話を普通にしてしまう。

もし、これが10年前だったら、ドン引きだっただろう

と思うが、最近、こういう精神世界的な話をしても、

興味を持って聞いてくれる人が多くなってきた。

バシャール的に言えば、

やはり、地球の波動が上昇しているのか、はたまた、

自分がそういう次元へ移行したのか、というところだ。


↑ 家の近くにある村のたたずまい。

〝この人は人である〟を明け渡しはじめてから、

身体って、本当にエゴそのものなのだなあ、と、

近頃、つくづく腑に落ちて納得するようになった。

ヴィパッサナー瞑想をやると、細胞の一つ一つから

エゴの元ネタが噴出してくるのが分かるし、

「わたし」「田中さん」と呟いただけで、

わわわ、と分離したエゴが立ち顕れて来る。


そう言う意味で、幻想の心(偽物の自分)は、

罪悪感から生じた、あらゆる恐怖や憎悪や悲しみを、

先ずは肉体に溜めたあと、

現実世界に出現してきた設定に反応して、

怒ったり、怯えたりしている。


あの人が無視するので、いま、自分は悲しい。

あの仕事のせいで、いま、自分は憂鬱である。

子供が反抗するから、いま、私は腹を立てている。

失業中だから、いま、僕はびゅんびゅんしている。


実は、全部、逆だったのだ。

天国から分離した、というウソの罪悪感が、

身体を作り出し、そこへびゅんびゅんを投影させ、

失業という設定が来た途端、ほらここだ、と、

びゅんびゅんを放出していたのだ。

もし、失業という設定がなければ子供に、

子供という設定がなければ仕事に、

仕事がなければ病気に、というふうに、

身体はびゅんびゅんの投影先を検索し続け、

引っ掛かったものに同一化してゆく。


ということは、赦すべきもの、明け渡すものは、

自己の身体内(心含む)で感じている〝これ〟だけ、

ということになる。外には何もない。


そこで、登場するのが毎度おなじみ〝今に在る〟だ。

失業していたって、いま、この瞬間には、

テレビを見て笑っていたり、夕食を食べていたりする。

あのグループが無視してくると言っても、

いま、この瞬間は、友人と楽しくお喋りしてたりする。

また、自分が何かの病気の治療中だったとしても、

いま、この時点では、映画を見て泣いてたりする。


その今の平和を肯定し、それでも上がってくる、

罪悪感や怒りや痛みを委ね、放出してゆく。

平和でありたいという思いは、今、平和ではない、

ということを認め、宣言しているのと同じだ。

それが次のエゴを誘発する。

だから、全部、いまこの瞬間に終わらせるのだ。