香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

アンニュイな午後



外の気温が34度、室内の気温が22度と、

訳の分からないズビズバーな寒暖差の中、

なんとも気だるい金曜の午後である。


リアルタイムでぼくぜん先生を見ていたなんて、

田辺氏が羨ましすぎる。

あのころに青春時代を過ごしたかった。

きっと毎日が刺激の連続だったはず。

思いっきり、やりたいことやって、

納得して故郷へ戻ってゆく。


というわけで、

今日はオフィスに秘書のケリーと二人きり。

ずっと5月の月次資料をチェックして過ごす。

近頃、会社から人がたくさん去り、業務は増えたが、

落ち着きと安らぎは増した。


この世界が幻想で、

やっていること全部に意味がない、ということが、

心底理解できてくると、案外何を見ても赦せるものだ。

そういえば、何の躊躇もなくガンガン赦し出したのも、

ここが単なるVR世界で、本当には起こってはいないと、

心底思えた、2014年8月の大いなる赦しの日からだった。


それ以降、今にいて、

眼前で起こる出来事から誘発されてくる〝分離の想い〟

を捉え、見つめ、兄貴に捧げることを、もう、24時間、

寝ても覚めてもやっている。

性格が単純なのか、思い込みが激しいのか、

その結果現実がどうなるか、はあまり考えない。

(ちょっとは考える…かも。)


そして、はっと振り返ってみると、

本当に削除が起こっている。

この削除は、心の中の分離の想いであったり、

カタチのレベルでの人であったり、事柄であったり、

と、色々なのだが、なんか、実感として思うのは、

赦して、兄貴に委ねても平安が得られない、なんて、

絶対にあり得ない、ということだ。


自分でやるのを放棄するのって、本当に怖い。

どうしても、いろいろな算段を巡らせてしまう。

特に会社員とかだと、利害が絡むので余計にビビる。


だが、最近、怖いときは思い切りビビるようにしている。

この恐怖は本来の自分とは何の関係もないのだし、

怖いときに人前で思い切り怖がれるのは、

すでに恐怖を赦してしまっている証拠でもある。


それになにより、周囲にいる兄弟は、

自分の中に隠蔽している分離感を明らかにし、

自分がいま何を赦すべきかを見せてくれる、

本当に頼もしく、信頼できる存在だ。

相手がスピリチュアル的にどうか、なんて、

全く関係がない。


だから、腐った牛乳を飲んでも平気だった、とか、

十字架刑に架せられても至福でいた、というのは、

僕たちの赦した結果の現れ方が個々違うのと同様、

それはデイヴィッドやJのパターンであり、

そうなることが正しい、ということではないと思う。

別に聖者が腹痛でのたうち回っていてもいいわけだし、

覚者が暴漢に襲われて逃げ回っていてもOKである。

ていうか、もともとみんな目醒めている。


↑インディゴの人は子供を持たないのだそう…。

閑話休題!

昼休み、ようつべをチェックしていて、ふと思った。

覚者やマスターと言われている人たち、

悟っていると言われている人たちのほとんどが、

子供をつくらないんだね。

もちろん、ガンガジのように子供がいる人もいるが、

統計的には圧倒的に子供を持たない人が多いようだ。


ゲイリー、デイヴィッド、ヘレン、あやこさん、

大和田菜穂さん、ハレ師匠、イエス、ブッタ…。

ワプニック氏やエックハルト氏もいなかったような…。


これは単なる偶然なのだろうか。

でも、偶然と言うにはあまりにわざとらしい。


今回で二元を終わらせると決めてきているから?

これ以上カルマを作る必要がないから?

それともインディゴチルドレンだからなのか。


そういえば、仏教やキリスト教の僧侶や修道尼なども、

厳しい宗派では子供を持つことが禁じられている。


まあ、

赦して父が待つ故郷へ戻ってゆくことに関していえば、

家族もひとつの赦しのテーマにすぎないので、

この事実は全くあてはまらないと思う。


じゃあ、何でなのか、というと、それは…














わからない。(←おーいっ!)