香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

さかさま投影


↑チムサーチュイ(香港の新宿)の裏通り

今日は、新しいパスポートが取得できたので、

チムサーチュイイーストにあるビザ代行会社まで、

中国のマルチビザを申請しに行ってきた。

日本のパスポートだと、一か月までビザなしで

中国に滞在できるが、商用だとビザが必要となる。

香港永久居民のIDがあれば、一年のビザがもらえる。

で、申請をしに行ったのだが、背景が青色の証明写真

が必要ということで、写真屋さんへ撮りに行った。


小さなKODAKの写真屋なのだが、

そこのおやじがまたずっと仕事の電話をしていて、

僕はずっと待たされる羽目になった。


〝店主が長電話をし、客の自分が待たされている。〟

〝客である自分の時間を奪っている。〟

〝ふざけんな。けしからん。〟


自動反応的に上がってくる意味づけ。

僕はいま〝エゴのささやき〟に騙されているのだ。


が、店主の電話、終わる気配が全くない。


見えているものに何の意味もない。

世界を解釈しない。

世界を変えたり、正したりという考えを捨て去る。


まだ電話は終わらない。

コノヤロー、と本当に起きているように見えてしまう。

この〝コノヤロー〟自体が自分だった。

攻撃の思考そのもの自分に赦しなどできない。

この〝ニセの自分〟が赦しを実践するのではない。

もう神さまに委ねるだけ。

何もせずじっとしているだけである。

ぎいいぃーっ…。


電話が終わった。

店主も気にしていたのだろう。

恐縮するように、すみませんとひたすら僕に謝る。


今回の件で自分自身〝おおっ〟と思ったのは、

設定が映し出されている間、無意識に陥らずに、

騙されていることを見つめられたことが、

あっと驚くタメゴロウ〜だった。

(↑これが言いたかっただけやろ。それにしても、

 この使い方で合っているのか?)


↑昭和にタイムスリップしたような写真屋さん

近頃、とある(笑)英語がすごく堪能な友人が、

デイヴィッドの言葉をたくさん翻訳し、

僕に送ってきてくださり、その中に、


〝この世のものはすべて、

 あなたを騙すための嘘なのです。

 この世のものはすべて、逆になっているのです。〟


という言葉を見つけ、深く感動した。

と言うのも、最近事務所に入ってきた営業の男性が、

ちょくちょく煙草を吸いに外へ出ていく。

(と、勝手に僕がそう思っている…。

 本当はトイレに行っているだけなのかもしれない。)


〝上司としてちゃんと彼に注意しておくべきでは。〟

〝少なくとも1時間は業務時間をロスしている。〟

〝他の煙草を吸わない人たちに対して不公平だろう。〟


ちゃんと確認したわけでもないのに、

こういう思考がほいほい自動反射的に上がってくる。

いつもは〝はいはい〟と言って委ねて終わりなのだが、

今回に限って、どうしても引っかかった。

まるでそこに別の人が存在しているように見えている。

そんなとき、このデイヴィッドの言葉を思い出した。


そうか。

全部僕たちを騙すための嘘だったんだ。

全ては逆になっていたんだ。


彼が煙草を吸いに行くから、

こういう思考が上がってきたのではなく、

自分が上記のような思考そのものだったから、

煙草を吸いに行く(と勝手に思っている)彼が知覚され、

そのように起きているような投影が現れているのだ。


例えば、

子供がいう事を聞かないから叱るのではない。

叱りたい、子供を変えたい、自分が神になりたい、

という考えが先に心の中にあり、その分離の想いが、

〝いう事を聞かない子〟となって眼前に投影され、

それを叱る、という設定を実行させる。

要は、怒って相手を変えて神のように振舞えれば、

設定は何でもよいのだ。


こんなの知ってる。分かってる。

いろんなスピの本にも書いてある。

それでも、騙される。


これ全部、僕たちを騙すための嘘なのだ。

何のために?

エゴの世界を継続させるためにだ。


心にある全てを光に委ねて、今の平和に在ること。

見えているものには何の意味もない。

聞こえているものにも何の意味もない。

正そうとせず、変えようとせず、いじろうとせず、

ただ、過ぎてゆくものとして見送る。

自分で赦そうとしている自分を丸ごと神に捧げる。

個の自分にできることはこれだけだ、

としみじみ学んでいる個のわたしである。