一時帰国申請の稟議書を本社へ上げた。
うちの会社では、独身者は年に二回、会社のお金で
日本へ里帰りができ、特別休暇も7日間もらえるが、
そのかわり、事前に稟議を通さなければならない。
今回の一時帰国は、以前から楽しみにしていた
デイヴィッドの講演会ということもあり、
本来ならもっとワクワクしていてもいいはずなのに、
なぜか、気分はそんなに盛り上がっていない。
天国はすでにここに在り、兄弟全てが聖霊だった、
という自覚が深まるにつれ、デイヴィッドをはじめ、
他の覚者やマスターから、特別な何かを得ようとは
あまり思わなくなってきた。
必要なことは、兄貴や兄弟たちが象徴として、
見せてくれるし、導いてくれる。そんな安心感がある。
とはいっても、東京では謎の才女Ⅹ女史をはじめ、
兄弟てっちゃんたちやその他の仲間にも会えるため、
ちゃんと稟議を通すのだ!
ずっと根強く信じ続けてきた〝逆さまの考え〟が、
やっと最近、修正されはじめている。
というのも、
セラピーなどでよく、心理的な機能不全の原因として、
心の中のトラウマを探ったりするが、
トラウマって本当は原因ではなく結果なのではないか、
ということを理解できるようになってきた。
子供の頃に、性的虐待を受けたことが原因で、
大人になっても男性に対して恐怖を感じてしまう。
小さいころからずっと母親に叱責されて育ったため、
大人になっても、自分を責めてしまう。
自分には幸せになる価値がないと思ってしまうのは、
小学生の時に壮絶なイジメを受けたことが原因だ。
など…。
本当は、トラウマの原因となる無価値観や罪悪感は
誰の心の中にも多かれ少なかれ必ずあるものだが、
それを、小さい時の特殊な出来事のせいにして、
〝罪のすり替え〟を行なっていたりする。
ベールの向こうで密かに信じられている、
父から分離した、という大罪の恐怖から来る思いを、
小さい時のあの事、又は前世でのあの因縁にすり替え、
だから自分は悪くないのだ、とやっている。
なので、誤解を恐れずに言ってしまうならば、
こんな私でごめんなさい、私なんか…、
と自分を責める自責型の人は、
本音では「わたしは悪くない」と主張している。
そういう意味で、赦しを実践する際に、
忘却のベールの向こうで何をやっているかを
ちゃんと認識し、一旦、本当の原因にまで戻ることは、
目覚めてゆく上でとても大切だな、と改めて思う。
そして、またここが、
非二元と純粋非二元の分け目となる。
加藤三代子氏も、ワークブックを実践していく際に、
最低限の理論を理解しておくことは必要だ、
と述べられているが、この、
〝原因レベルでの罪のすり替え〟をちゃんと理解して
聖霊に委ねているのと、そうでないのとでは、
エゴの自分が納得するという意味において、
大きな違いがあると思うのだ。
もちろん、ベールの向こう側の事は聖霊の仕事であり、
削除については聖霊に任せるしかないのは事実だが、
その明け渡しの前段階において、
原因と結果がさかさまになっていることを
ちゃんと理解して赦すことは〝心から委ねる〟
という意味において、大切だと思う。
でなければ、いくら〝私には何もわかりません〟と
判断を手放して、ただ聖霊に委ねればいい、
とやっても、そう簡単に聖霊に委ねてたまるか、
と、無意識が邪魔をする。
それも、僕の経験上、表面の個の自分では、
スムーズに委ねている気分になれていたりして、
案外、いい感じだったりする。
まあ、純粋非二元とはつまり
〝純粋にふたつではない〟と言う意味であり、
〝ひとつである〟ことを選ぶ、ということではない。
だって、戻るということは(解体されるということは)、
幻想である〝ふたつ〟が消えるということであり、
それには、ふたつについて、真の納得が必要となる。
だって僕たちは、純粋にふたつではない、のだから。