香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

来世を赦す


↑広東語教本の録音風景(2013年、東京水道橋にて)

ゲイリーの3冊目の翻訳の文章が、

なあんかしっくりこないなあ、と思ってよく見てみたら、

『覚醒へのレッスン』と同じ翻訳者だった。

ああ、どうりで…。なるほどね。


聖霊、霊、霊体、実体、仕掛け、贖罪、などに、

ホーリースピリット、スピリット、スピリッツ、リアリティ、

トリック、アトーンメント、と、いちいちルビを振るので、

読み辛くて仕方がない。


普通こういう場合、翻訳者は、漢字かカタカナか、

どちらかに表記を統一するのだが、

多分、翻訳者本人はカタカナ表記にしたかったのに、

編集者に反対され、妥協点としてルビを振る、という

ことになったのだろう。(憶測ではあるが…。)


それでも、今回は監修者がいないせいか(笑)、

『覚醒へのレッスン』の翻訳よりかはよくなっている。

ルビの問題以外、普通に楽しく読める。

『覚醒への…』は、誤字脱字も多かったが、

最後の50ページは、もう日本語としての文章の体裁

すら成していなかった。


『覚醒への…』については、ずっと以前、

翻訳者を変えて再出版しろ、という人たちに、

「なんでみんな赦さないのだろう。」みたいな、

なんとも偉そうな記事を書いたことがあるが、

今の自分が、心の中を赦した結果、

もし他の人の翻訳で再版されるなら、

まあ、それはそれでよくってよ、みたいな感じである。


あ、あ、あのときは、あんなことを言って…。

みなさんっ。す、す、すんませーん!

(おーいっ!出てきて土下座せーい!←by 読者)


↑ベトナム労働党ポスター。中国のより顔が優しい。
 (ハノイタワー前で撮影)

というわけで、

このように、赦しの珍道中真っただ中な僕であるが、

現実に起こってくる出来事を赦してゆくにつれ、

「自分はいま、来世の心を赦しているのだな。」

という想いが日に日に強くなりつつある。


前世で他者(外界)だったものが、

今世では自己(心の中)になり、

今世で自己(心の中)だったものが、

来世では他者(外界)になる。

つまり、今世で自分が他者にしたことが、来世では、

そのまま自分がされる側になる、今世で人を殴れば、

来世で殴り返される、というわけだ。

転生を繰り返すたび、外側の世界と内側の世界が、

交互に反転を繰り返しているのだ。


なので、今世で他者がやったことを赦すということは、

来世で自分がやるだろうことを赦す、要するに、

来世の自分を赦している、ということになる。


そして、それは、来世を取り消している、ということを

意味しており、全ての設定が取り消されたとき、

転生も不要となる。


兄弟たちが見せてくれるあらゆるパフォーマンスが、

それは分離した誰かがやっているのではなく、

自分の心の中のものだと捉えられてくると、

他者を赦せば自分が赦される、という言葉の真髄が

リアルに感じられ、得心(とくしん)して赦せる。


ということは、

この〝ゲイリー三冊目ルビ振り読み辛い事件〟も、

今赦さなければ、来世で、今度は自分が、

これに相当したことを引き起こす、ということ?

はいっ!赦しますっ!


もうええわ。