香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

中秋節だぜ!



ひゃっほーい!

中秋節の休暇で香港は今日から4連休である。

どうせ、来週月曜は日本も祝日だし、

うるさい本社も休みだからと、追加で有休を取った。

なので、僕だけ5連休。

ああ、お籠り三昧…。幸せすぎるうーっ!


でも、仕事があってよかったな、と心から思う。

仕事をしてるからこそ、お籠りが幸せなのだ。

なんやかやあるけど、やっぱり、働くって楽しい。


おとといは、一泊佛山だった。

工場へ行くと、中秋節ということで月餅を配っていた。

夜、幾人かの同僚とお月見がてら屋台で食事をした。

川べりの土手に出したテーブルに腰かけ、

タニシを炒めたのや、蒸した川魚を食べる。

どれも味付けが濃く、ビールが進んだ。

川面を吹き抜ける秋の風も気持ちいいし、

お月さまもきれい。ああ、幸せ〜!


散髪がしたい、と、何気なく僕が言うと、

最近入社してきた海坊主総経理(ニックネームです)が、

近くに床屋があるので行ってきたら、と言うので、

食事の途中に抜け出して行って来た。

30分くらいかけて長時間洗髪してくれ、

刈り上げもバッチリだった。

これで200円だなんて、安すぎるっ!


↑散髪屋の隣りは〝おしん釣具店〟。
 このうらぶれた感じが何ともたまらない。

みんなとの夕食を終え、9時頃ホテルに着いた。

まだ時間が早かったので、足マッサージに行った。

マッサージを受けている最中、ふと思いつき、

兄弟てっちゃんに電話をしてみた。

兄弟てっちゃんは夕飯を食べてしばらくすると、

自動的に気絶する習慣がある。(別名爆睡ともいう。)

なので、気絶中だったら悪いと思い、まずは、

奥さんであるさおちゃんのケータイに電話をしたら、

珍しいことに、この日はまだ意識があった。


マッサージをしてもらいながら、いろいろ話した。

今の彼は、自分を全て聖霊に捧げて委ね切ることが、

一番しっくりきているのだという。

自分のものではない想いを出てきたそばから委ねる。

ある種のコーサンが起きているのだ、と…。

僕は僕で、決断の主体に戻った赦しについて話した。

本当の原因に立ち返って赦す。

目の前の兄弟がやっていることを赦すのではなく、

実は、兄弟は何もやってなかったことを赦す。

それから、ここがそのまま天国だった、

と自覚した瞬間のこともシェアした。


結局、

赦そうとする想いが〝ふっ〟と上がってきた時点で、

すでに決断の主体は聖霊を選んでいるのだ。

だから、自分はちゃんと聖霊を選べているのかな、

ちゃんと赦せているのか、などと思う必要はない。

赦そう、聖霊お願いします、という想いがふっと、

出てきた時点で、ベールの向こうでは聖霊を選び、

聖霊モードになっているのだ。

なので、赦し方云々よりも、日常生活の中で、

24時間聖霊兄貴を思い出していることが、

大切なのだな、と二人、意見が一致した。

そう。朝だけでもなく、寝る前だけでもなく、

4時間でもなく、16時間でもない。

丸々24時間、聖霊を覚えていることだ。

テレビ東京の〝警察24時〟ではないが、

エゴを24時間思い出せているのだから、

〝聖霊24時〟も可能なはずである。

兄弟てっちゃんとの電話を終えた後、

ゲイリーの3冊目で、肉体には、

抹消神経の集中している個所が5つあり、

そこをマッサージすれば健康にとてもよい、

と書いてあったのを思いだし、

マッサージ師さんにやってもらうことにした。

頭、耳、胸、へそ、足、の5か所なのだが、

頭はさっき床屋で20分も洗髪してもらったので、

足のマッサージを終えた後、

ソファを後ろに倒し、耳と胸とへそを、

時間延長でやってもらった。

アロマオイルでマッサージしてもらったのだが、

気持ちいい。でもちょっと、いや、だいぶ恥ずかしい。


↑海坊主総経理(中央)。左は会社の運転手さん。

健康と言えば、以前、このブログで、

めまいや耳鳴り、じんましんがひどかったことや、

みんなから元気がないように思われていたこと

などを書いたが、これってどういうことなのだろう

と聖霊兄貴に聞いてみたら、次のような答えが来た。


〝肉体と宇宙は同じものであり、

 どちらもエゴが創りだした幻想である。

 故に肉体(宇宙)はそのまままるごとエゴである。

 その肉体を使ってエゴを赦し聖霊を選び始めると、

 これまでエゴの思考体系によって統制されて来た

 肉体(宇宙)が一時的に混乱を起こし、

 細胞に軋み(と聞こえた)が生じた結果、

 それが、様々な症状となって現れたりする。

 故に、波動上昇とか、細胞が組み替えられたとか、

 そういうことではない。肉体は肉体でしかない。

 そんなに心配しなくてもよい。ただ、赦せ!

 どんなときも聖霊を思い出し、突き進みなさい。〟