香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

エゴエゴ・アザラク

          
↑2017年度警官募集のポスター。
 犯人、ちょっと半笑い。


今日の香港の気温は10度。

机の下に温風器を入れて仕事をしている。

日本はお正月休み真っ盛りのようであるが、

旧正月が本番の香港は、30日が仕事納めである。

しかし、佛山工場も休みに入ってしまったので、

今日一日、自分のデスクブースでお籠りをしながら、

来月の一時帰国の際に使用する

WIFIルーターのレンタル予約をしたり、

国内小旅行の計画を立てたりしながら、

まったりと過ごした。


電話も、チャットも、メールも来ない事務所は最高!

自分の家のソファでグダグダ過ごすより、

オフィスでヒマ、の方が、いろいろな事がやれてよい。

まあ、最終日くらいは大目に見てもらうことにしよう。


というわけで、あまりに暇だったので、

エッグトールの本に書いてあった〝レッテル貼り〟

を解除していくワークをして過ごした。


僕達は何かを目にすると、0.0001秒のうちに、

対象物に対して何らかのレッテルを貼ってしまう、

という習性を持っている。

これは、ベールの向こう側で自動的に成されており、

当然、自分では制御不能である。


例えば、朝、ケリーに「おはよう。」と挨拶をした瞬間、

彼女は自分の部下で、今年何歳で、香港人で、

どこに住んでいて、性格はどうで、というふうに、

彼女に対するレッテルが瞬時に固定され、

それをケリーとして認識する。


また、小切手にサインする際に使う水性ボールペン。

これは、日本で購入したペンで、

インクの滑りがよく、僕のお気に入りで、

小切手のサインにはこのペンでないとだめだ、

というレッテルが、ペンを見た瞬間に発生する。


その他にも、パナソニックのレッツノートPC、

レモン味ののど飴、いまの会社、昔の会社、香港人、

など、あらゆるものを認識する際、

このレッテル貼りが自動反射的に起動している。


このレッテル貼りをひとつひとつ見てゆく。

この水性ペンは僕のものだ、と思っているけど、

本当にぼくのものなのだろうか。


今日会ったM物産の香港支店長さん。

M物産って何なんだろう。本当に存在するのか。

コンクリートの箱の中に、机や器械があり、

その間を人が歩いている場所がM物産なのか。

香港支店長というのも、

周囲の人や本人がそう思っているだけで、

知らない人が見れば、ただの人ではないのか。


また、今日の香港の気温は10度で、天気は雨。

寒くて、じめじめしていて、不快だ、

と思っているが、本当にそうなのだろうか。


というふうに、電車で見かける人、食べ物、音楽など

自動的に〝こう見えている〟人やモノや事柄に、

次々と疑問を投げかけてゆく。


答えなんか出さなくていい。

見たままを疑問として認識してゆくだけである。


ただ、これは、

レッテル貼りを止めるためにやっているのではない。

また、支店長さんを神の子として観る、というふうな、

レッテルの貼り換えをしたいのでもない。


何かを見た際に、自動的にレッテルが貼られるまでの

0.0001秒を、一度ちゃんと認識してみることで、

エゴを光にさらし、見られたエゴは消え去ってゆく。


あとは、聖霊兄貴が引き受けてくれる。

やってみて、面白いことが解かった。

あれえ、これって本当にコーヒーカップなのだろうか、

あれえ、この妄想劇場、そもそも妄想なんだよね、

と、はっと我に返って確認した途端に、

その妄想が途切れ、それ以上続けられなくなるのだ。


ああ、そうか、わかったぞ。

エゴは、

無意識下に隠蔽された状態でしか生存できないんだ。

出てきて見られた途端、

エゴはエゴでい続けることができなくなるのだ。

だから、出して認めることが必要なんだ。


とは言っても、大きな岩をどかして、

その下に隠れているゲジゲジを直視するのは、

正直、怖いし、気持ち悪いし、苦しい。

だから、コースでは、

その引き取り手として聖霊を置き、

ゲジゲジなんかいなかった、という事実を、

聖霊兄貴と共に安全に目撃してゆくのだ。


ただ、このレッテル解除ワークは、

長期に何度もやり続ける必要はないと思う。

一日やれば十分だと思う。

あとはレッテルを受け入れ、

それに従いながら暮らしていい。

だって、僕たちはまだ肉体を持っているのだから。


しかし、自分はすでにその正体を知っている。

聖霊兄貴の自動削除も作動している。

なので、オーケーである。


とまあ、こんな風に、

僕の仕事納めの日は過ぎて行ったのであった。