香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

しくじりマネー



先日放送されたテレ朝の『しくじり先生』に、

昔、電波少年で有名になった坂本ちゃんが出ていた。

家族から金を2,000万円も無心し続けられ、

それで、ここ13年間は家族と絶縁状態となり、

売れなくなった今は、ほぼ無一文なのだという。


お金はエネルギーだ、とスピではよく言われるが、

僕は、お金には〝負の〟エネルギーが含まれている

と考えている。

そして、反対に〝正〟のエネルギーをもつものが、

労働や、奉仕や、サービスの提供や、扶助、

といったものにあたり、

働いたり、奉仕をしたりした対価として、

お金を受け取ることで、

陰陽の力がプラマイゼロとなって相殺される、

と理解している。


なので、少しの労力で多くのお金を得ようとするのは、

マイナスのエネルギーを溜めこむ行為となり、

逆に多くの労働で少しの対価しか受け取れなければ、

陽の力が強くなりすぎ、借金と言うカタチで、

負のエネルギー(お金)を補てんすることになる。


そして、お金の陰陽のバランスを決めているのが、

個人が密かに隠し持っている罪悪感であり、

よって、どこを基準にプラマイゼロとするかは、

個人によって違ってくる。


また僕は、人に奢ったり、お金を送る行為には、

自分の中にある負のエネルギーを放出したり、

自浄する作用がある、とも思っている。


その証拠に、極度にお金を貯め込んでいたりすると、

ひょんなことで誰かに騙されたり、

急に大金が必要な事件が起こったりして、

突然、ごそっと貯金が天引きされてしまったり、

なまじ、宝くじに当たってしまったりすると、

人生を破綻させてしまったりする。


多分、外国のものすごいセレブ級の人たちは、

お金には負のエネルギーがあることを知っていて、

直感的に慈善事業をしたり、投資をすることで、

エネルギーのバランスを取っているのだろう。


なので、お年玉という仕組みにも、

前年に溜めた自己の中の負のエネルギーを、

新年にお金と言う形で配ることによって、

自分の中の負のエネルギーを手放す、浄化させる、

という意味合いが含まれていると言える。


ということは、人から奢ってもらってばかりいる人や、

人のお金に依存して生活している人、或いは、

出さねばならないお金も出し惜しみしている人などは

一見、得をしているように見えても、実は、

とても大きな〝負〟をため込んでいることになる。

それで最後は、

病気や、精神的苦しみや、事故などによって、

差引ゼロに振り戻されたりする。

もう少し付け加えるならば、

労働や奉仕(プラス)とお金(マイナス)では、

必ずプラスが先手に来るべきだ、ということだ。

あくまで、お金は奉仕の対価であるので、

先に対価ありきというのは、

電気をマイナスからプラスに流すようなもので、

本末転倒と言える。


まあ、

〝惜しみなく与え、惜しみなく受け取りなさい。〟

とはよく言ったもので、この〝惜しみなく…〟が、

なかなかの曲者である。

やっぱりティッシュ一枚与える時も、無意識のうちに、

〝自分は使わないから与えてもいい。〟とか、

〝ティッシュくらいなら与えてもいい。〟と、

0.0001秒くらいの速さで判断したりしている。

受け取る時だって、

〝ティッシュくらいならもらってもOK!〟

〝Aさんは親友だから甘えても大丈夫!〟と言う風に

様々な状況を考慮して受け取っている。

そして、その元となっているのが、

モノや金銭を授受する際に自動的に起動される、

隠れた無意識の罪悪感である。


結局、以前の記事でも書いたが、

それもやはり、感謝の波動で世界を見ているか、

ということに繋がるのだと思う。

なぜなら、感謝の波動で相(あい)対していれば、

奪おうとすることもなければ、やたらめったら、

負のエネルギーを相手に投げつけることもない。


だから、今後は、お年玉にせよ、お香典にせよ、

果ては、友人にお金を貸すにしろ、

自分の負のエネルギーを貰って頂くという観点から、

お金を貸したり、送ったりすることが大切なのだな、

と今回のしくじり先生を見て、痛感した次第である。


僕は会社では、財務資金担当なので、今後は、

そういうお金の授受の裏に隠れている罪悪感を、

ちゃんと認識し、赦していこう。


それで、最後には、

エネルギーさえも幻想だと腑に落ち、

兄貴によって取り消されてゆくのだ。