香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

祝福がいっぱい

 

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クリスマスイブの24日、

 

大阪へ行こうと駅の券売機で切符を買っていたら、

 

見知らぬおばちゃんから声をかけられた。

 

どこまで行くのかと訊かれたので、大阪です、と答えると、

 

今日が期限の特割切符があるので使って、と言って、

 

財布から取りだした切符を僕に差し出した。

 

そして、また戻ってくるのか、と訊かれたので、

 

ええ、と答えたら、おばちゃんは、

 

もう一枚、特割の切符を僕に差し出した。

 

「ああ、今日が期限切れの切符なので、

 

 自分は乗らないし、もったいないから、

 

 誰かに買ってもらおうと思っているのだな。」

 

と解釈した僕が、財布から500円硬貨を取り出し、

 

おばちゃんに渡そうとすると、

 

「ああ、もう、そんなん、ええねん、ええねん。

 

 どうせ、乗らへん切符なんやから、お兄ちゃん使って。」

 

と言うと、おばちゃんは、小走りに行ってしまった。

 

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↑ 関西に住むコース兄弟からの誕生日プレゼント。

   なんか、俄然、創作意欲が湧いてきたぞ!

 

おばちゃんがくれた切符で電車に乗ったとき、

 

とても幸せで、暖かい気持ちが込み上げてきた。

 

この幸せで、暖かい気持ちこそが、

 

サンタからのクリスマスプレゼントだったのだ。

 

 

こういうちょっとした好意や親切が、誰かの人生や、

 

果ては、地球上の全く違う場所にいる誰かの心に、

 

大きな影響を及ぼしてゆくのだな、と感じた。

 

 

ありがとう、おばちゃん!

 

そして、メリー・クリスマス!

 

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というわけで、以前にも書いたが、

 

『この宇宙は夢なんだ』という本に出てくる、

 

今世の自分が憎んでいる者に来世は転生してゆく、

 

という言葉を想い出している。

 

それでいくと、

 

今世で自分だと思って生きている自分は、

 

前世の自分が忌み嫌っていた人物であり、

 

今世の自分が憎んでいる相手こそが、

 

来世で自分が生きることになる人物ということになる。

 

そう言う意味で、今の自分の嫌悪する部分を赦せば、

 

前世の自分が憎んでいた相手を赦すことになり、

 

また逆に、今、自分が憎んでいる他者を赦せば、

 

来世で生きるであろう自分を削除することとなる。

 

なので、もし、自分や他者の中に気に入らない部分とか、

 

ちょっとした憎しみを見つけているのなら、それはもう、

 

前世と来世を取り消す絶好のチャンスだ、と言える。

 

↓ 転生について量子の観点から説明しているよ ↓

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 ↓ ちょっと不思議な輪廻転生の仕組み ↓

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僕は、いまのところ、

 

あいつが死んでくれたら自分はどんなに幸せだろう、

 

と思えるような、憎悪の対象になる兄弟もいなければ、

 

仕事の中で葛藤を覚えるような人物も皆無だ。

 

正確には、皆無になってしまった、と言った方が正しい。

 

 

というのも、今の僕の見え方というのは、

 

外界の世界は自分の心の中そのものであり、

 

そこに登場する全ての人は、

 

僕が外へと追いやった罪悪感の象徴と知覚されている為

 

だからこそ、彼らに無罪を差し出すことで、

 

彼ら(自分)は癒され、僕の心へと統合されてゆく。

 

赦しが完結すればするほど、世界が終わってゆくのだ。

 

要するに、赦しを進めてゆくと、必ず、ある段階で、

 

親しい人や、物や、事が、消える体験をすることになる。

 

 

消えたからと言って、心配する必要もなく、

 

より豊かで平安な、聖霊によって手配された、

 

新たなステージが用意されているのだが、それでも、

 

その端境期(はざかいき)には、なんとも形容しがたい

 

寂寞や喪失感や切なさを感じてしまう。

 

こういうとき、思わず引き返したくなったりするが、

 

もし、赦しが進んだことで、

 

消えゆくべき人や環境が消えて行ったのなら、

 

それは、次の生で、自分がやることになっている人物、

 

遭遇するであろう出来事が削除されているのである。