香港では感染者ゼロの日が2週間以上続いていて、
今週金曜日から、バーやジムも再開されることになった。
それで早速、日曜にトレーナーの予約を入れた。
「もう、90分間、ガンガンに追い込んでください。」
と、トレーナーにお願いしたので、多分、週明けは、
筋肉痛で起き上がれないと思われ…。
それから、香港政府がマスクの配布を始めた。
60回まで何度でも使える銅入りの抗菌マスクと、
使い捨てマスクのセットで、希望者はネットで申し込む。
申し込めば必ず、2週間以内に配達されるらしい。
電気代はタダだし、14万円の小切手も送られてくるし、
香港政府って、何に於いても、やることがスマートだ。
でも、少し前まで、
「マスク禁止法発令!違反したら逮捕するわよっ!」
と言っていた月蛾(げつが)長官が、いつのまにか、
マスクを配ってるって一体どういうこと、と少し思った。
明るい日差しが差し込むオフィスの昼休み、
昼食後のコーヒーを飲みながら、テキストを読んでいた。
〝神はご自身の想念から離れたことは一度もない!〟
の一節を読んでいた時、突然幸せな気持ちがこみあげ、
自分も含めた何もかもが〝大好き〟で輝いて見えた。
もう、何をしても、何を見ても、そこに神が臨在している!
父はずっと僕と一緒にいてくれているのに、
これまでの自分は、
「愛してるよ、いつもここにいるよ」と言う親に対し、
〝うっせー、ほっといてくれ、死ね!〟
と、まるで思春期の子供のように反抗していた。
親の干渉がウザくて家を飛び出したのに、
片時も離れずに付いてくる親にキレまくっていた。
そのくせ、親の金(ハート)を無心しながら生きている。
「俺がこんなんになったのはお前のせいだ!」
ともう、意味不明な謎の〝積み木くづし〟状態…。
俺が買ったスマホを、俺だけのスマホとして感じたいのに
スマホの陰に親の気配がチラチラしてイラッ、みたいな。
そして、そのイラッが、モノによっては、怖い、になったり、
悲しい、になったり、緊張でドキドキ、になったりする。
まあ、親の金(ハート)を無心して買ったスマホなので、
親の気配がチラチラするのは、当然と言えば当然だ。
結果、ちらちら見え隠れする気配が罪悪感となる。
まず、落ち着いて、いま、ここにある対象物を見てみる。
パソコン、テーブル、ワイン、汚れた靴下、鈴木さん、
それらの奥に流れる、平安な愛の感じ、
今、この瞬間に在る神を、抵抗せずに感じてみるのだ。
しかし、その奥には、本当に欲しかったものがある。
いつも、常に、変わることなく、天国の愛が流れている。
たとえ、恐怖を感じたとして、それに何の問題が?
大切な人を失って悲しんで、何がいけないのか?
苦しみや喪失感もまた、
失ったものへの愛(神の愛)を感じさせる。
神と同じ存在である神の子の自分が思うことは、
やはり、神の想いなのだ。
そういうわけで、僕もこの年になってようやく、
脱反抗期を迎えようとしている。