👆 ジムの受付。
ジムが解禁となったので、今日から自主トレを開始した。
筋トレをするのは、まさに一か月ぶりだ。
運動したい人たちでごった返しているのかと思いきや、
入場が50%に制限されているため、館内は空いていた。
更衣室のロッカーも半分が施錠されており、
ランニングマシーンも一つ飛ばしでしか利用できない。
だいぶ筋力が落ちているだろうなあ、と思っていたが、
やってみると、案外、高重量を扱えた。
それでも、
日曜にはトレーナーとのセッションが待っているので、
筋肉痛にならないよう、控えめな自主トレとなった。
話は変わって、
他の人はどうか分からないのだが、昔から僕には、
ああなったらどうしよう、こんなことが起こったら嫌だな、
と、事前に予測できたことは起こらない、という、
妙なジンクスがある。
あの件でみんなから攻撃されたらどうしよう、とか、
こんなことしたらあの人に何て言われるだろう、
と思ったら、ああ、これは現実化しないな、 と、
妙に納得して、ホッと胸を撫で下ろしたりするのだ。
これってなんか、
思い出すことで設定が消去されていっているような、
消去されるために思い出されているような、
不思議な感覚である。
👆 ブランドショップの殿堂、ランドマークのカフェ
例えば、
毎年保険に入っている時は病気ひとつしなかったのに、
保険に入らなかった年に限って病気になった、とか、
いつもはこまめにUSBにバックアップを取っているのに、
バックアップを忘れた時に限ってパソコンが壊れた、
みたいな経験を僕たちはしょっちゅうしているが、
ひょっとしてこれは、
思い出されないことで起こっている現象かもしれない。
そういう意味で僕たちは、
病気になった時のために保険に入っているのではなく、
保険に入り、心にある種の安心が生まれたことで、
それらの災難を起こらなくしている。
そういえば、大方の災難というのも、
思ってもみなかった時に起こるのが常である。
👆最近グレイフランネルが好きになってきた
スコットランドの森に生える苔の香りなんだって
〝事前に、内面を浮上させて、見る〟という行為は、
起こっていないことを、起こっていないこととして、
認識することで、投影を取り消している。
ある意味、
僕たちは、心を癒すために、思い出しているのだ。