香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

愛まで行け!

f:id:shusaku1:20200729011550j:plain

 

ここのところずっと〝想いの中に入らない〟を、

 

意識しながら暮らしている。

 

コースでは、自我との同一化、とか言ったりするが、

 

小難しすぎてストンと腑に落ちないので、僕は、

 

シュワシュワと次々に何の脈絡もなく湧き出る

 

思考の泡ぶくを、ただ黙って見送る、としている。

 

 

この〝黙って〟という部分が肝心で、

 

例えば、上司から突然、残業を命じられたとき、

 

 

友人と約束が👉でも断ると上司はBさんに振る👉

 

前回も断ってBさんが残業👉他の人が陰口👉

 

そういえば、Bさんから無視されてるっぽい👉

 

残業を受ける👉友人にLINE👉モヤモヤ

 

 

という感じで思考が展開していったとする。

 

これに対して、

 

ちゃんと断れない自分にモヤモヤ、とか、

 

Bさんを恐れている自分が嫌い、という感情が、

 

シュワシュワ起こってきても、それも黙って見送る。

 

 

別の言い方をすれば、沈黙の中で他者を観る。

 

すると、他者の言動に呼応して、勝手に、

 

シュワシュワ湧き出してくる想いの泡ぶくを、

 

自分が〝思った〟と勘違いしていたことに気づく。

 

どこを探しても、何かを思っている自分がいない。

 

ただ、シュワシュワが湧いてるだけ。(大爆笑)

 

 

そして、そのシュワシュワを見過ごした先に、

 

愛そのものである真の自己(心・霊)が見えてくる。

 

f:id:shusaku1:20200729011537j:plain

 

 

今日は、月初なので、時短出社をした。

 

7月のキャッシュフローを締め、

 

向こう三か月の資金繰り予測を出す。

 

途中、エドワードに売掛金の修正を依頼する。

 

少しイラっとして、口調もきつくなる。

 

ああ、コンババ部長がやってることを自分もやってる

 

と、気づく。

 

こうして、ひとつの意識の中で、

 

シュワシュワが循環している。

 

 

ただ黙って観る。

 

これを、自分が思った、自分がやった、と思いこんで

 

責めていたなんて…。

 

第一、シュワシュワが自分な訳がない(大爆笑)

 

blog.hoshitani-shusaku.com

 

 

沈黙の後、本当の自分を思い出す。

 

愛を放つ存在であることを思い出す。

 

毎回、沈黙の後は、

 

愛まで行ってフィニッシュとなる。

 

そう、

 

決して沈黙で停まらず、愛まで行くのだ。

 

 👇 香港に再びこんな日が来ますように!

www.youtube.com