香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

嫌(いや)の裏返し

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何かを選択して、それが失敗だった、

 

と思った時〝嫌だな〟の裏に隠れている

 

〝こうしたい〟に気づくことで、

 

神の流れへ方向転換ができると知った。

 

 

例えば、

 

何かとミスを指摘してくる同僚のAさん。

 

でも、お給料もいいし、仕事も好きだし…。

 

→ 本当は優しい同僚と仕事がしたい。

 

自分を大切に扱ってくれる人がいい。

 

 

今の仕事、長時間だし、自分に合わない。

 

でも、いまはコロナで仕事なんて無いし…。

 

→ 本当は植物のあるカフェで働きたい。

 

   自分と優しい店長だけの店がいい。

 

 

という感じで、

 

嫌だ、の後ろに隠されている、こうしたい、

 

にフォーカスしてみることで、自分の中の、

 

〝愛由来〟の本音に気づくことができる。

 

 

今はこの仕事を辞めたくないので、

 

Aさんがこんな風に変わってくれれば、

 

という、嫌からの発想ではなく、

 

こんな同僚が現れたら最高だな、とか、

 

こんな同僚と過ごせたら楽しいだろうな、

 

という〝裏返った愛〟の感情に気づく。

 

 

また、この環境がこう変わってくれれば、

 

と、現状を変えたい、からの発想ではなく、

 

こんな場所だったら天国だろうな、という、

 

自分の中の愛を欲する部分を見てゆく。

 

 

その、嫌なこと、の愛の部分に焦点を当て、

 

抵抗を止めて見つめることで、次第に、

 

神の歌(愛の流れ)を感じられるようになる。

 

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岩をどけたら、下にゲジゲジいる、

 

と思っていたら神がいた、みたいな…。

 

 

こんな同僚はいない、職場も幻想、

 

赦しによって自分の見え方が愛に変わる、

 

起こっていることが起こっているだけ、

 

というのは真実であり、

 

本当にそう感じているのなら問題ないが、

 

すでに嫌だなと感じてしまってる状況で、

 

この真実を当て嵌めて見過そうとしても、

 

「いや、もう起こってるやん、感じてるやん」

 

となってしまい、間違った感じ方を正そう、

 

としてしまうことになるので、

 

僕的には、あまり有効ではないと思っている。

 

 

それよりも、嫌だな、の裏側に流れている

 

愛の方を見て行った方が、神だけやん、

 

を体感しやすく、第一、その方が優しい。

 

 

同僚は変わるかもしれないし、

 

別の優しい同僚が入ってくるかもしれない。

 

また、職場が愛に変わるかもしれないし、

 

別に新しい職場が見つかるかもしれない。

 

そして、全く何も変わらないかもしれない。

 

 

ただ、日々湧いてくる〝嫌だ〟に対して、

 

〝実はこうしたかった〟を採用することで、

 

神を嫌がっていたのだけれど、本当は、

 

神に愛されたかった、と自覚できる。

 

blog.hoshitani-shusaku.com

 

 

要するに、気分よく喜んでいることこそが、

 

神を受け容れている状態であり、

 

そうなるともう、外の現実は、嫌が応にも、

 

〝愛に〟変わらざるを得なくなる。