香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

スネ男とジガ男

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自我のささやき(またはつぶやき)というのは、

 

最終的にはすべて、愛がほしい、という叫び

 

でしかないのではないか、と思い始めている。

 

 

「これ、早くやっとかなきゃまた何か言われる」

 

「うわっ、間に合わない、ヤバい」

 

「なんで、いつもあんなことを言ってくるんだろう」

 

「あーあ、またやっちゃった、何してるんだ」

 

 

自分の心の中に四六時中湧き上がってくる

 

ジガオのつぶやき…。

 

これって全て「愛してほしいぃーっ!」の一言を、

 

色々なバージョンで言っているだけな気がする。

 

 

なので、自分や他人へのツッコミが出てきた時、

 

それは、愛してほしい、と言っているのだから、

 

「よっしゃ、じゃあ、愛してやるよ」

 

と心の中で返すようにしている。

 

 

ジガ男はただ、耳元でささやいているだけで、

 

実際に存在しているわけでもなければ、

 

自分の考えでもない。

 

なので、愛してほしい、が満たされさえすれば、

 

勝手に消えてゆく。

 

 

まあ、赦し方は人によって様々だと思うのだが、

 

僕の場合は、罪悪感やエゴを直視するより、

 

愛に気づいていることにフォーカスすることで

 

自我に向き合う方が、自分に合っている。

 

なぜなら、

 

神が愛の歌しか歌わないのであれば、

 

神へと帰ってゆこうとしている僕たちも、

 

そうでなければおかしいし、当然それは、

 

消えゆく自我に対しても同じだと思うからだ。

 

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というわけで、月中から、月末にかけては、

 

比較的仕事が落ち着いているため、今日は、

 

そういった、小さなジガ男のささやきに気づき、

 

愛で返していく、ことをやっていった。

 

 

昼の弁当はたんぱく質を摂らないとだめだ、とか

 

これはオレがやる仕事じゃないだろ、とか、

 

ああっ、コップにヒビが入っちゃった、とか…。

 

そのたびに「俺は愛する」と、

 

心の中で宣言し返す。

 

ただそれだけなのだが、やってみると、

 

ささやきの裏に隠れている〝愛してくれ〟が、

 

〝愛されている〟へと変換され、次第に、

 

みんな愛の歌しか歌っていなかったんだあ、

 

となる。

 

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そんな感じで、

 

徹底的に内側だけに特化した

 

毎日を送っているボクである。

 

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