香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

言葉を信じない

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僕のことを知っている人が聞いたら、ウソだろー、

 

と叫ぶと思うが、最近僕はとても無口になった。

 

 

口から出る言葉を重要視しなくなったというか、

 

日常会話で話す言葉のほとんどが本音ではなく

 

また逆に、本質の自分を隠すために、

 

言葉を発していると気づいてから、

 

会社でも〝無駄なおしゃべり〟をしなくなったし、

 

〝人のおしゃべり〟も無視できるようになった。

 

 

同僚や友人や家族と〝おしゃべり〟をする際、

 

〝話の輪に入っていないとなんか不安だ〟

 

〝ここはこう言っといた方がうまくいくだろう〟

 

〝ここで自己アピールしておかないとヤバい〟

 

〝攻撃されないために、こう答えておこう〟

 

といった、無意識のフィルターを通して、

 

色んな人と会話をしていたりする。

 

そして、そんなうわべだけの言葉を聞いて、

 

相手はこういう人だ、こんなことを思っている、

 

と判断し、そのキャラに即した言葉を返す。

 

しかし、自分が日常発する言葉を見てみると、

 

まあとりあえずこう言っとこう的な言葉が殆どだ。

 

逆に、いちいち沈思黙考して言葉を発していたら

 

会話なんてできなくなってしまう。

 

それに、僕だって、

 

部下と話す時と、友人と話す時では、

 

言葉も違うし、話し方も違うし、語気も違う。

 

当然、どれもが本当の僕ではない。

 

 

blog.hoshitani-shusaku.com

 

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相手が発する表面的な言葉をすべて取り去り、

 

その奥に静かに佇む本質的な「本人」を感じる。

 

僕の場合、

 

その人が一人で自分の部屋にいる時とか、

 

一人で海を見ている時とかを想像したりする。

 

こうやって、言葉を取り去った兄弟たちを観ると、

 

みんなどこか、

 

静かで、凛としていて、カッコいいのだ。

 

 

なんかもう、

 

相手が発する言葉を完全に信じなくなってくると、

 

ますます、背後側(神側/見えない側)だけで、

 

世界を生きるようになる。

 

また、相手が光(最初から心の中に在るもの)

 

であることが体感されてくる。

 

そして、何度も何度も何度も何度も言うが、

 

こういう光の体感が起きるには、何はともあれ、

 

主軸が完全に自分に戻っていることが肝心だ。

 

自分責めをやめること、人より自分を愛でること、

 

矛盾するようだが、

 

言うべきことをちゃんと相手に言えて初めて、

 

言葉を手放し、兄弟を光で見ることができる。