香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

兄貴一択

👆 引っ越しを控え、食器や台所用品を中心に

    今日は阪急百貨店をいろいろ見て回った

 

 

いまの僕はもう、完全に兄貴一択である。

 

絶対的信頼があり、兄貴以外の何にも頼らない。

 

こう書くとまるで兄貴という人格が存在するみたいだが

 

そうではなく、確かな〝体験〟として認識されている。

 

いわば、故郷へ還るための〝方便〟のようなものである。

 

 

最初、自分と兄貴との間には距離があった。

 

別の場所にいる誰かに自分を委ねている感じだった。

 

しかし、今年の春節のアレ(爆)以降、

 

自分という解釈が落ち、実相が露わになるにつれ、

 

自分なんか無しに兄貴そのままでバーン、となった。

 

(※いい加減な表現ですんません!)

 

そして、自分無しに距離ゼロで世界となった瞬間、

 

兄貴はもう、交流したり、導いてもらう相手ではなく、

 

〝道〟そのものとなっている。

 

 

👆 大好きなものをひとつだけ、をコンセプトに
         食器類を選んでゆく

 

 

兄貴のメッセージの中で最も大きかったことは、

 

スピ的な何かを実践しても、何かに気づいたとしても、

 

決して実相(天国)は明らかにならないということだ。

 

 

これは僕が仕事を手放して一番感じたことなのだが、

 

僕たちは、常に何かをしていないと不安になる。

 

何もしていないと、自分はこの世界では無価値で、

 

消えて行ってしまいそうな恐怖に襲われるのだ。

 

しかし、何もするな、普通にしていろ、と兄貴は言う。

 

そんな自分など消えて行っていいのだ、と…。

 

そんな自分をそのまま全部こちらへ渡せ、と…。

 

こうして、そんなこんなやっていたら、

 

心(ハードディスク)に隙間(空き容量)ができたからか

 

兄貴がストン、と距離ゼロで操縦席に入ってきた。

 

 

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くどいようだけれど、

 

説明するための方便として〝兄貴〟と呼んでいるが、

 

そんな誰かがいる訳でもなければ、存在でもない。

 

ましてや、本当のナンチャラ、などではさらさらない。

 

 

兄貴を、

 

学んだ事(理論)を使って理解しようとしてはならない。

 

苦痛であれ、快楽であれ、感じることから理解する。