一方、孝弘はというと、
森ノ宮の木造アパートの実家に一人で暮らしていた。
両親はすでに亡くなり、彼の兄弟とも音信不通だった。
電話も通じず、ケータイの番号も知らなかったので、
一度、日本へ帰国した折に彼を訪ねたが返事は無く、
近所に住む顔見知りの大家さんに話を聞くと、
家の中にはいるみたいなのだが、
家賃を滞納したまま、全く姿をみせないのだという。
一度、民生委員を通じて無理やりドアをこじ開け、
病院に連れて行こうとしたものの、
すごい抵抗に遭い、断念したのだと言われた。
お金もなく、どうやって生活をしているのかも分らない。
とりあえず僕はコンビニで食料を大量に買い込み、
ドアノブにかけて、中にいるであろう孝弘に向かって、
食料を置いといたから食べてくれ、と叫んで帰った。
あれから十数年が経ち、僕は日本へ完全帰国した。
それで先日、本町にある会社の面接を受けた帰り、
地下鉄中央線の〝森ノ宮方面〟という表示を見て、
孝弘を訪ねてみようと思い立った。
高層マンションが立ち並ぶ森ノ宮に当時の面影はなく
あちこち歩いても彼のアパートを見つけられなかった。
スーツを着てるし、革靴だし、もう帰ろうと思い、
地下鉄の階段を降り始めた時、なぜか突然、
やっぱり、もう一度歩いてみよう、と思い直した。
それで、引き返してあちこち歩いていると、
あの古びた、木造アパートが見つかったのだ。
見れば、一階の彼の部屋には明かりがついている。
ドンドン、と食い気味にノックをする。扉が開いた。
最初、彼が孝弘だとはわからなかった。
「たかひろ、か?」「おおっ、周作やんけー!」
なじみのある彼の部屋に入った。
彼の部屋はもう正真正銘のゴミ屋敷だった。
本やゴミの山に埋もれとても人が住める状態ではなく
辛うじて寝るスペースだけがある程度だった。
彼は布団らしきものが敷かれた地べたに座り、
僕はひとつだけあった椅子に座った。
彼曰く、十数年前からずっと、
「死ね」という宇宙人からの幻聴に悩まされ、
ずっと宇宙人に殺されることに怯えていたという。
結局、
大阪城から飛び降りようとしたが、飛びが甘く(笑)
最後は警察に保護され、そこで統合失調症と診断され、
投薬と、保護ヘルパーの助けによって、
なんとか今は正常に戻っているらしい。
その後、生活保護と障害者手当を申請し、
今は自立した生活ができている。
「雄太は年に二、三回訪ねてきてくれてるよ」
「このアパートも12月に取り壊しになるんや」
「お前がドアに掛けておいてくれた食料は
ちゃんと食べたよ」
何かに達観したような飄々とした表情で孝弘は語った。
僕のマンションから自転車で行ける距離なこともあり、
それからはちょくちょく彼を訪ねるようになった。
つづく…。