来週、学校で、
留学生によるスピーチコンテストが行われるのだ。
僕の担当教科は、
ビジネス論(主に文法)と、翻訳論(主に論文)なので、
スピーチ指導とは関係なかったのだが、先週、
たまたま、急用で休まれる先生の代講で、1回だけ、
国際理解(スピーチ指導)の授業を受け持った。
急な代講だったので、当日は、学生たちに、
すでに完成したスピーチ原稿を、各自で覚えさせ、
それを監督するだけでよいという、楽な授業だった。
このクラスは、ベトナム人、中国人、ネパール人、
スリランカ人、と多様性の塊のようなクラスで、
お勉強もちゃんとできるクラスだ。
教室に入ると、去年教えた生徒達も何人かいて、
「あ、星谷せんせーだあーっ!」と声をかけてくれた。
授業中はもう、淡々とスピーチの内容を覚えるのみ。
中には、電車の中などで覚えやすい、とかで、
スマホに原稿の内容を入れて覚える学生もいた。
まあ当日は、校内にある、劇場のような大ホールで、
500人を前に、原稿を見ずにスピーチするとあって、
みんな、まあまあ緊張感をもってやっている。
ただ監督しているだけではつまらないので、
目星をつけた幾人かの学生たちに、練習も兼ね、
前へ出て実際にスピーチをしてもらうことにした。
日本に来て、ひどいホームシックにかかり、
国にいた時には、うざいと思っていた母親が、
どんなにありがたい存在かということに気づいた、
というネパール人女子学生のスピーチや、
金銭面で両親に頼れないので、必死で働く日々から、
色々な事を学んだというベトナム人男子学生の話し。
中でも、高校卒業後、五年間軍隊に入り、そこから、
本当の自由とは、ただ、スマホでゲームをしたり、
遊んだりすることではなく、
自由が守られている国に住むことなのだ、
という中国人男子学生のスピーチには、
とても感動した。
授業が終わった後、その中国人学生に、
「中国解放軍に5年もいたなんて、すごいよね!」
と声をかけたら(この学生は去年の教え子だった)
「僕は台湾人で、所属したのは台湾の軍隊です」
と、彼はちょっと皮肉っぽい表情で答えた。
ああ、そうだった、この子台湾人だった、
去年の教え子にもかかわらず、忘れてしまっていた。
学生の間でも、中国人と台湾人の関係は微妙なのに
よりによって、敵対国の軍隊の名を口にするなんて。
教師って本当に難しいなあ、としみじみ感じた。
それでも、たった2年前まで香港で財務をしてたのに
今はこうして、
色々な国の20歳代ヤングたち(アラカン用語)と、
すったもんだやっていることに人生の不思議を感じる。
彼らとは、ちゃんと、出会うべくして出会っている。
僕の一本道は正しい軌道にある、と、
この20歳代ヤング兄弟たち(笑)に、
教えてもらっている。