
学校も夏休みに入ったことだし、あまりに暑いので、
避暑を兼ねて奈良ホテルに泊まることにしたのだ。
避暑と言っても、奈良も大阪と同じように酷暑なのだが
チェックインをした後は、一歩も外へは出ず、
ずっとホテルの中だけで過ごそうと決めていた。

直接ホテルに電話をして部屋の予約をした。
というのも、奈良ホテルに泊まる時は絶対この部屋、
という部屋があって、それをリクエストするためには、
ネットではなく、電話で予約をする必要があった。


「星谷様、いつもありがとうございます。
今回も前回と同じく、旧館2階の角部屋238号室を
ご用意させていただいてもよろしいでしょうか」
こちらがリクエストを伝える前に向こうから訊いてきた。
す、すごいっ!さっすが奈良ホテル!感服っ!

当日、午後2時過ぎにチェックインをした。
いつもの部屋、いつもの紫色の絨毯、いつもの静寂、
皇室の方々も宿泊される由緒正しいホテルなのに、
家にいるような安らぎを感じるのはなぜだろう。
そう言えば以前、深夜に2階の休憩スペースで、
パソコンを前に創作をしていた時、酔っぱらって、
年代物の椅子に赤ワインをこぼしたことがあったが、
その時も「大丈夫ですよ。こちらで対処いたします」
と言われ、あくる日に見ると、シミが取れていた。

👆 以前、深夜に酔って赤ワインをぶちまけた
ホテルの休憩エリア
夜まで、部屋でしばしくつろいだ。
ベッドに仰向けになり、脱力しきった意識のまま、
升目型の天井を見ながら、ボーっとしていた。
このホテルに初めて泊まったのは20代の頃だった。
確か、中国留学直前の短期間、ひょんなご縁で、
浮見堂カフェの二階に下宿することになり、
その時に、このホテルの存在を知ったのだった。

👆 かつて、小人天狗が出現した238号室
あれから数十年の歳月が経ち、様々な経験を経て、
僕はいま、再びここへ戻ってきた。
いつもと変わらない部屋なのに、全然違う。
どこか遠いところにたどり着いてしまったような感じ…。
南森町もそうなのだが、歴史ある場所には、
時空を超えた不思議な何かがあるような気がする。

ほんの少し涼しくなった夜を見計らい、
いつものように、浮見堂の辺りを散策してみた。
連日の猛暑のせいで、
浮見堂の池は干からびる寸前だった。
しかし、僕らの人生と同様、日向もあれば日陰もあり、
時が経てば、再び元の美しさが復活するのだろう。

還暦を迎えた今、暮れなずむ部屋に佇みながら、
自分が歩んできた人生について考えていた。
僕はこれまで、自分の人生を、
自分で切り開いてきたと思いこんでいたが、
何ひとつ自分で決めたことなどなく、どうやっても、
この人生しかなかったことに愕然としていた。
その事実をはっきりさせるために、
僕は長い年月を生きてきたのかもしれない、と、
古都の静謐さの中にひとり佇むのであった。
(純文学風にフィニッシュ…!)
👇 奈良ホテルいろいろ