
というわけで、奇跡講座シリーズは続く。
前回の記事で〝私〟が完全に消失した体験のあと、
再び〝私〟が戻ってきた(解放が起きた)瞬間から、
必要なお金や人や出来事が、
完璧なタイミングで訪れるようになった、
と書いたが、なぜそのような現象が起きるのか、
について、僕なりの見解を書いてみたい。

今の僕は、1人でいる時は完全に無であり、
頭の中は空っぽ、ほぼ思考停止の状態にある。
過去も未来もなく、中立(ニュートラル)な感じだ。
トイレに行ったり、食事をしたり、動画を見たり、
といった行為も、意識(解釈)なしでやっている。
そして、このように、どこにも思考が動いていない時、
心はあらゆる選択肢に開いている。
なんていうか、
脳に空っぽの未使用な領域が生まれることで、
そこに新たな素粒子が流れ込み、
そこで量子の最適化が起こった結果、
現実が変わったりするのではないかと思われる。


例えば、
「今の職場しんどい、でも、辞めれば生活が…」
「あの苦手な同僚さえ変わってくれれば…」
「病気になりたくない、でも、年々体は衰える、
健康でいるために、何をすればいいのか、
そうだ、スマホで検索してみよう、
あ、添加物がよくないのか、糖分もよくない?
グルテンの取り過ぎが悪いのね、じゃあ、
これと、あれは食べないようにしよう…」
そういう〝考え〟で、
脳内が埋め尽くされている状態だと、
素粒子(聖霊兄貴)の入る余地が全くなくなり、
その現状から一歩も動けなってしまう。
そう、
考えで行動すればするほど、うまくいかない。
じゃあ、どうすればいいのさ、という話になるのだが、
今この瞬間、見えている通り、聞こえている通り、
匂ってる通り、味わっている通り、感じている通り、
思えてる通り、だけで放っておくしかない。
それが、聖霊に解釈を捧げる、の意味である。
世界は幻想で、何も起こっていない、のではなく、
目の前で起こっている、そのことしかない。
幻想なのは、解釈で見ている私、だけである。