香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

こんな世界はうんざりなんだ

 

ゲイリーの『神の使者』を爆読み中のボクである。

 

だいたい授業が17時半に終わり、それから職員室で

 

なんやかやして、18時過ぎから行きつけの喫茶店で、

 

1時間ほど読書をする。

 

みんな小さなスマホの画面を眺めている中、

 

ひとり分厚い本を読んでいるイケてるオレ

 

みたいな…。(笑)

 

(これを日本語で〝ひとりよがり〟という)

 

 

 

 

〝エゴはあなたが後悔すれば喜ぶのよ。

   「こうだったなら、こうしておけば、

     こうすべきだった」とか

 「あんなことをせずにこうしていれば」

 というのはエゴの大好きな台詞。

 聖霊は、赦し以外なら、あなたが何をしようと

 どうでもいいことを知っている〟

(『神の使者』第6章 聖霊の代替策 より抜粋)

 

 

パーサが言った上記の文章にはグッときた。

 

よく、人生に成功した、とか、失敗した、と言うけれど、

 

夢の世界を永遠に後にしようとする者にとっては、

 

そんなことはどうでもいいことなのだ。

 

 

 

 

ただただ世界を赦す、本当にそれだけしかない。

 

あとは兄貴を信頼して任せきっていればいい。

 

自分の考えを放棄して、ただ空っぽでいる。

 

その空っぽになった心に、兄貴が入ってくるのだ。

 

 

〝そこにあるものを赦すことが我が家に戻る唯一の

 道だ。それは自分自身の心を象徴している〟

(『神の使者』第5章 エゴの計画 より抜粋)

 

 

ここへきてようやく、今ここにあるものを素直に、

 

自分と言うものを挟まずに赦せるようになった。

 

心がビュンビュンして、難しい時もあるけれど、

 

世界を赦しながら、結局は自分を癒している。

 

この事に気づいてからは、赦すことが楽しくなった。

 

なぜなら、赦せば赦すほど、夢が削除されるから…。

 

 

👇 現実という〝檻〟シリーズ

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もう、僕の残りの夢見の時間は、赦すことに使われる。

 

夢の現実との完全なる決別ができるのもまた、

 

この歳(還暦)であるからこそ達観できた境涯であり、

 

そういう意味で、歳を取るのも悪くないと思っている。

 

逆に言えば、正しく赦してさえいれば、

 

何をしていたって大丈夫なのだ。