
👆 お彼岸の墓参りの帰りに母とお茶
僕が赦しをする上で、
助けになっていることがふたつある。
ひとつは、これが夢であることを思い出す、である。
例えば、何かの病気にかかっているように見えても、
電車の中で、身体をぶつけられたように見えても、
モラハラ夫や、パワハラ上司や、逆切れ部下に、
ガン詰めされているように見えていても、
これ全部夢でリアルではないことを思い出すことで、
ざわつく心を一瞬落ち着かせることができる。
「ていうか、これ、夢なんでしょ!」でチーン!
そして、夢を赦せば、夢は消える。
だって、夢だから…。
実際、寝ている時は当然目を閉じているので、
寝ている時に見る夢も肉体の目では見ていない。
じゃあ、何で見ているかと言うと、心で見ている。
この現実もこれと同じように見えていて、
自分が見ている夢なので、当然自分しかいない。
もう一つは、全部一人でやってる小芝居だ、である。
誰かと話しているとき、誰かに何か言われたとき、
通りを大勢の他者が行き来しているのを見たとき、
自分一人が、高速早変わりで芝居をしている。(怖)
主役:星谷周作、恋人:星谷周作、通行人:星谷周作
映画のエンドロールが全部星谷周作、みたいな…。
刃物でブスっと刺した相手役も自分だった、みたいな。
赦して少しづつ正気を取り戻し始めると、だんだん、
これが寝ている時に見る夢と同じでリアルではない
ことが解かってくる。
こうして夢を見ている自分の心が癒されれば、
夢の中にいる時にはリアルだった〝自分(意識)〟
という幻想も消滅する。
というか、
はなからそんなものはいなかったことが、
明らかになる。