香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

俺の目を見ろ!

👆家の近くの中崎町を散策するのが好き!

   古着屋めぐりも好き!

 

 

最近、よく人から、

 

「星谷さんて、ずっと目を反らさずに話すんですね」

 

みたいなことを言われる。

 

目を反らさないというのは比喩ではなく

 

文字通り、相手を直視して話すという意味である。

 

というのも、日本へ完全帰国をした当時、

 

日本人に対して感じていた違和感があった。

 

それは、二人で会話をしている時、

 

相手が僕の目を見ずに話すので、はて、と思った。

 

 

 

 

日本へ帰国したばかりの頃、初対面の日本人と、

 

何人か立て続けに1対1で会う機会があった。

 

そしてこの時、彼らがみんな、僕とは目を合わさず、

 

虚空を見つめながら話していることに気付いた。

 

あまりに不思議だったので、

 

どうして向こうを向いたまま話しているんですか、

 

と訊ねてみたら、相手は僕に訊かれて初めて、

 

僕を見ていなかったことに気づいたのだった。

 

それで、彼らの回答は、

 

「じっと見つめられるので、なんか引いた…」

 

だった。

 

それからは、なるべく僕も、

 

人をあまり見つめないよう、注意するようになった。

 

 

 

僕は外国暮らしが長いので、ストレートに、

 

相手の目を直視して話すことに慣れている上、

 

作家の性分で、相手をじーっと観察する癖がある。

 

たとえ店の店員さんでも、相手の目を見て話す。

 

しかし、日本人は、あまり親しい間柄でもないのに、

 

じっと相手の目を見るのは失礼だ、と思うのか、

 

また、何か責められているように感じるのか、

 

はたまた、もともと僕の目つきが悪いのか、

 

いずれにせよこれは、

 

香港にいた時には感じなかった違和感だった。

 

 

でも最近、ふと気づいたことがある。

 

相手と目を合わせている時、時間が止まっている。

 

相手の目を見て話している時、今この瞬間にいる。

 

と同時に、相手の目に映る自分と対峙している。

 

そして、相手の目の中にいる自分を赦すことで、

 

相手が自分と同じものであることを智るのだ。

 

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でもまあ最近では、歩行中も、食事中も、会議中も、

 

みんなスマホに目を落としていて、

 

相手の目を見て話す人なんかいないのが現状だ。

 

ちゃんと目を見て話すのはもう、

 

会社の面接か、デートの時くらいじゃないか…?

 

相手と目を合わせていると、

 

何かを共有しているように感じる。

 

相手の目の中にあるものを赦す。

 

イコール自分を赦している。

 

ひょっとしてその瞬間、

 

僕たちは神を直視しているのかもしれない。