
先週、クリスマスに高槻の実家に帰ったのだ。
89歳になった(ばかりの)母は、いつものように、
大量のごちそうを用意して僕を待っていてくれた。
そして、
「ちょっと早いけどお年玉…」とポチ袋を渡された。
「お母ちゃん。俺もう還暦過ぎてんねんで!要らんよ」
と辞退しても、もう来年は私もおらへんと思うから、
最後の記念にもらっといて、とうれしそうに言う。
まあ、これも親孝行かな、とありがたくいただいた。
本当は僕がお年玉をあげなければならないのに、
ちょっと罪悪感…(恥)
そう言えば、以前は一時帰国する度に、
父や母にお小遣いを渡していたが、
ここ数年は渡していない。
というのも、
母はもう生活費以外でお金を使わなくなっている。
これがしたい、あそこへ行きたい、あれがほしい、
という意欲が無くなっているので、お金を使わない。
家で穏やかに暮らすことで満ち足りている。
90歳でもスマホを使いこなし、仕事をしながら、
趣味の登山を楽しむ、なんていう人もいるが、
そうである必要なんかない、と思うのだ。
90歳でもまだ何かしなければならないのかと、
僕なんか、聞いただけでうんざりしてしまう。
なので、老いの季節は、コース兄弟にとって、
夢の現実を終わらせるための最高の季節と言える。

晩ご飯の後、シュークリームを2つも食べ(させられ)、
テレビ大阪の〝懐かしの昭和歌謡〟を見ながら、
お隣の佐藤さんちの盆栽が盗まれた話から、
中学時代の仲良し同級生の集まりで、
その中の一人が喫茶店で運子をもらした話まで、
ああでもない、こうでもない、と喋りまくる母。

「佐藤さんの盆栽盗ったん、絶対外国人やと思うわ。
日本人があんな安モンの盆栽盗むわけないやん!」
「なんか臭いから、最初、私の匂いかと思ったけど、
優等生やったあの子が運子もらすなんて怖いわあ」
「お母ちゃんも気を付けなあかんで!」と僕が言うと、
「私は今も和式トイレで鍛えてるから(実家は和式)
お尻締まってんねん。あんな座ってするトイレ
なんか使うから、ゆるゆるになってしまうねん!」
とまあ、これ以上でもこれ以下でもない会話が続き、
結局、夜9時ごろ実家をあとにした。
母は、その瞬間瞬間に湧き起こってくる思いを、
何の解釈も挟まず、そのまんま吐き出している。
言い終えたら忘れ、好い悪いの判断がない。
母の境地に達するまで、僕にはまだ27年くらいあるが、
その時、いったい何を語っているのか、楽しみである。
でも、絶対に運子の話だけはしたくないっ!
兄貴、この設定だけは何としても削除してください!
そのためなら、僕はどんなことでも赦しますっ!