
👆 午前4時のジムにて
というわけで今日も〝所有シリーズ〟は続く。
前回、
自分が所有していると思っているあらゆるものを、
もともとの所有者である神に返すことで、
苦しみから解放される、というようなことを書いたが、
一部のコースコミュニティで行なわれている
〝献身〟もまた、自分が所有したいという欲求を
手放すためのツールだったんだな、とふと思った。
昔、フランシスが自分の全財産をそっくりそのまま、
デイヴィッドのコミュに捧げたという話を聞いた時、
なんでそんなことをするのか全く理解できなかった。
それってもう、新興宗教のカルトじゃん、って…。
しかし、今考えるとそれは、彼女にとっての、
全てを神に返すための究極の手段だった、と分かる。
物理的な所有をひとつ残らず捨て去ることで彼女は、
神以外のものは何ひとつ要らない、と宣言したのだ。
もはやこれは、
彼女の心の中の神を求める決断であって、
デイヴィッドのコミュにお金を渡すことで救われる、
というような安易なものではない。

👆 なぜか早起きしてしまい、
このままだと二度寝しそうなのでジムへ…
先日、東京で乙女ののりちゃんに会った時、
彼女も、自分の葉山の家をデイヴィッドに捧げる、
と申し出たらしいのだが、なぜか奇跡的に(笑)
貰ってもらえなかったという話をしていた(爆)(笑)
結果的にはそれでよかった、と彼女も述べていたが、
僕もまた、そこまでしなくてもいいと思うのだ。
献身というのは、神にするものであって、
コミュニティにするものではないからだ。
フランシスは、神以外のものは何一つ要らない、と、
真に神だけを望んで物理的所有を手放したが、
このコミュに献身すれば救われる、と依存していたり、
個人の所有物(要するにお金)を、
マスター的存在に捧げることが、神へ返すことになる、
というような〝すり替え〟があったりする。
しかし、心の中の所有を返す相手は神であって、
コミュニティのマスターでも、教祖でもない。
そこを絶対に間違ってはならないと思っている。
コースコミュの中だけで生活するようになると、
普通の兄弟たちがいる〝現世〟に戻ったとき、
再び恐怖や不安を感じてコースコミュに戻ってくる、
という悪循環に陥ることが多々ある。
なので僕は、コミュニティに参加して、
何かをやったり、学んだりするより、
日々の日常生活の中で出会う、
ごく普通の兄弟たちと、すったもんだやりながら、
神の愛によって創られた神の子である彼らを赦し、
解放していくことで、神を受け入れていきたい、
と思っていて、その方が自然だと考えている。