
分離の意識のひとつに、劣等感と優越感がある。
例えば、自分より高収入の人や学歴の高い人、
といった、自分にないものを持っている人を見た時、
あの人に引き換え自分は、と劣等感を持ったりする。
また、自分より経済力のない人や、何かに失敗した人
を見た時、あの人よりマシ、と、微かな優越感を持つ。

ただ、劣等感と優越感は表裏一体だと言える。
例えば、自分の年収が600万円だとすると、
1000万円の人には劣等感を感じるが、
400万円の人には優越感を持つ、というふうに、
見る角度で優劣が変わってしまうのだ。
要するに、劣等感と優越感は同じなのである。
しかし、詐欺師である自我は、
「おまえはまだまだあかんなあ。もう終わりやな」
「優越感に浸っててええんか?上には上がおるで!」
という感じで、上手に無力感を煽ってくる。
👇 僕の劣等感いろいろ
収入いくら、フォロワー何十万人、悟った、などなど、
この世は優越感を得るためのゲームのようなものだ。
しかし、これは〝あがり〟のないゲームでしかないと、
ちょっと考えればすぐに分かるはずだ。
なぜなら、どんな優越感を手に入れても最後は死ぬ。
なので、何かに劣等感を抱いた時、
それが徒労でしかない夢だと思い出すことで、
さっさと赦して、ゲームオーバーさせることができる。