
👆 大阪の新世界は多様性の渦!
金子みすゞの詩の講義を終えた。
生徒達は、この詩の意味をちゃんと理解してくれ、
みんなちがってみんないい、に感動してくれた。
実はクラスには同性愛者の子も数人いて、彼らは、
本国では死刑にも値する中で生きてきたので、
特に深く、この詩の意味を汲み取ってくれたようだ。
ホント、3時間準備した甲斐があった。
約100年以上前に書かれた一編の短い詩が、いま、
ネパールやミャンマーの子たちに影響を与えている。
「ホントーにすげーな、みすゞ!」と叫んでしまう。

自我という名の詐欺師を一言で説明しろと言われると
僕は〝昭和の親父〟と答えるだろう。
男は泣くな、弱音を吐くな、家事は女の仕事、
強さ、我慢、責任感が美徳、女は黙ってろ、
まあ、あくまで昭和的価値観に基づく一般的傾向、
ではあるが、昭和の親父は、やたら威張っている、
というか、虚勢を張っている印象が強い。
ただし、ここでいう昭和の親父とは、
肉体的な性別上の親父のことではなく、
自我に歪められた父性という概念のことを言っている。
なので、
女性の心の中にも当然〝昭和の親父〟はいる。
父性は、一なるものへと収斂されてゆくのに対し、
母性は、多様性へと広がってゆく。
しかし、それが自我によって歪められると、
父性は、多様性を抑えつける存在となってしまう。
金子みすゞの詩が多くの人を感動させるのは、
きっと、昭和の親父なんか比にもならない、
大正の親父の時代に、みんなちがってみんないい、
というメッセージを、
一人の少女が決然と放った点にあるのだろう。
そして、今回、講義の準備をする過程で、
真の父性(ひとつなるもの)とは、
全ての母性(多様性=他者)を、
同じひとつのものとして受け入れることなんだ、
ということを学んだ。
授業の最後、ネパール人学生が言った、
「先生、それは、ええーっと、甘い、辛い、酸っぱい、
しょっぱい、はぜんぶ〝おいしい〟ですね」
の一言を聞いて、
ああ、頑張って準備してよかった、と思った。