香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

今赦すしかないんだ!

 

エックハルト・トールが言っていた(今も言っている?)

 

〝今に在る〟〝臨在〟〝今の力〟というのは、

 

今この瞬間に起こっているように見えていることを、

 

今この瞬間に、夢だと気づいて赦すことだったことが、

 

ようやく腑に落ちて解かってきた。

 

そして、今この瞬間の赦しとは、事後の赦しではなく、

 

その事が起こっている、まさにその真っ最中に、

 

これは夢で、分離は起こっていなかったので、

 

今、自分は間違った解釈をしていることを思い出し、

 

湧き上がるあらゆる全ての罪悪の思いを、

 

その瞬間に、兄貴へ明け渡すことなのだ。

 

 

じゃあ、今日会社で起こった、この事やあの事を、

 

事が起こっているその瞬間に赦すのと、

 

お風呂の中や、帰りの電車の中で赦すのとでは、

 

いったい何が違うのかというと、前者は、

 

その瞬間に顕われている100%ナマの感情を、

 

ダイレクトにむき出しのまま赦している。

 

それに対し、後者は、今日のあの時間に起こった、

 

記憶を思い出して、今感じている想いを赦している。

 

 

どういうことかと言うと、

 

例えば、同僚からちょっとした一言を言われて、

 

心が軽~く、ちょっとだけざわついたとする。

 

今この瞬間なら、その小さなざわつきを捉えて、

 

赦すことができるが、電車に乗ったころには、

 

その程度のざわつきはすでに忘れてしまっている。

 

また、同僚の前で上司にミスを注意され、

 

恥をかかされてムカついたとする。

 

だが、その時の出来事をお風呂の中で思い出しても、

 

その瞬間に感じたマックス100%の感情は通り過ぎ、

 

「自分にも悪いところがあったし…」というように、

 

いささか反省モードに思いが変化していたりする。

 

要するに、

 

お風呂の中や電車の中で思い出している感情は、

 

お風呂に入っていたり、電車に乗っている、

 

その瞬間に出ている感情であり、

 

事の最中に赦しているものとは〝別モノ〟である。

 

だから、24時間、

 

瞬間瞬間に警戒していることが必要なんだ。

 

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もちろん、後付けで思い出された感情もまた、

 

その瞬間に顕われたナマの思いであり、

 

常に赦さなければならないのは当然なのだが、

 

何が言いたかったかと言うと、瞬間瞬間の今、

 

目の前に顕われている罪悪感を見つめ、

 

赦していくことが、神に返してゆく赦しとなる。

 

なぜなら、神に繋がれるのは過去でも未来でもなく、

 

常に今この瞬間であるからだ。