
赦しの最終目的は〝自己の消滅〟にあると言える。
自分なんかいなかったことがハッキリして初めて、
夢の世界(幻想の宇宙)が消滅する。

禅の高僧が、座禅をして悟りを開いたり、
非二元のマスターが〝何かの拍子でたまたま〟(笑)
自己の不在を垣間見るのと同じことを、奇跡講座では
〝赦し〟というツールを用いて行なおうとしている。

ただ、奇跡講座と、悟りや非二元との明確な違いは、
ゴールに神がいるかどうか、にある。
これはとても大きな違いで、当たり前だが、
神が不在の状態で故郷へ帰還できるはずがない。
なぜなら、僕たちの故郷は神だからだ。

悟りや非二元は、思考を完全に落ち切らせることで、
私という個の認識が起こる以前の事実(実相世界)
がはっきりし、それによって自己が消滅する。
しかし、そこがゴールではない。
その先の、神を受け容れるところまで行って、
完璧にこの夢を終わらせることができる。
ただ、禅の高僧である井上老師と話していると、
老師は神という言葉を使わないだけで、
すでに神を解かっておられるように感じる。
逆に言えば、私が完全に落ち切れば、
神が出てこないとおかしい、ことになる。