
👆奇跡講座オールスターメンバー勢ぞろい!
のりちゃんも直純さんもチコちゃんも
ザ・名古屋嬢A.Mizunoも、みんな若っ!
(おまえもな…)
このブログも4月でちょうど13年目に突入した。
自分の赦しの実践日記として始めたブログだった。
当時、奇跡講座や非二元や悟り系の発信者は、
悟った私が導きます、的な人たちばかりで、
どうやってそこに至ったかを語る人は皆無だった。
だから、自分で実践の記録をつけようと思ったのだ。
それで改めて過去の記事をいくつか読み返してみた。

👆 フィリピン工場の僕の部下たちと
毎日のように飛行機に乗って海外出張していた日々、
2度の中国工場閉鎖プロジェクトでへとへとのボク、
同僚や部下たちとのバトルなやり取り、
コース兄弟たちとの罪悪感の投影合戦、
日本への帰任辞令が発令されそうになるたび、
大騒ぎしながらも必死で赦していた自分、などなど、
かなり詳細に当時の状況を書き綴っているのと、
バレたら絶対守秘義務違反でクビ、みたいな写真を、
ガンガン載せていたので、今読んでもすぐ、
ああ、あの時の自分はこうだったよなあ、と分かる。

👆 香港事務所時代僕の秘書だったケリー(右)
中国工場の部下ふぁちゃんとシャオリー
もし僕が、読んだ人からどう思われるだろうか、とか、
こんな写真を公表して大丈夫だろうか、と、
ビクビクおどおど書いていたら、きっと多くの出来事は
日常の記憶の中に永遠に埋もれていたことだろう。
逆に言えば、この文章とこの写真がなかったら、
それらの出来事を思い出すことなどなく、つまり、
それらは起こって無かったことになっていたはずだ。
そういう意味で、
このブログは自己の存在証明であると同時に、
自分が見てきた夢の残骸でもある。

👆深圳工場閉鎖のリストラ集会(2014年)
いつか、
ブログなんてもう誰もやらないし、誰も見ない、
という日がくるのだろう。
はてなブログも突然閉鎖されるかもしれない。
それでもいい。
このブログで書かれた過去の夢の残骸は、
今の自分へと集約されている。
たとえ2014年の4月何日に何があったかを
正確に思い出すことができなくても、
今この瞬間の自分の中に全ては包括されている。
そして最後は、誰もいなくなる。
誰もいなかったことが明らかになる。