香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

光のフレーム

今日はメーデー。そんでもって三連休の初日である。

夕方、裏の森に散歩に出てみた。

小川に沿って歩いたり、昆虫を観察したりしながら

ゆったりと歩いていると、

視界一面に粒子が流動しているのが見えはじめた。

地面からワーッと透明なマグマが湧き立つように

吹きあがっているかと思えば、

細かな粒々が塊りとなって〝わわわっ〟

と流れてゆくのが見えたりする。

一体何なんだろう、としばらく佇み、

その流動を注視してみる。

やがて、周囲の木々や遠くに見えるビル、

全ての物体の周囲を縁取るように、

光のフレームが見えてきた。

空と山の境目にも光の縁取りが見える。

粒子の流動は、何年か前から見え始めたのだが、

全ての物体の周囲が、光に縁取られて見えるのは

初めての体験だった。


最近、だんだん見え方が顕著になりつつある。

これって、いったい何のために見えてるのだろう。

何かの象徴なのかな?

無視するにしても、ちょっと鬱陶しい。

視覚といえば、僕達には目が二つあるので、

必ず視点はどこか一点に集中している。

風景全体を見ているように思っていても、

必ず視点は一点にフォーカスされていて、

そこから広がる周囲の景色を見て、

何かを見ている、と知覚する。

ということは、何をしているときでも、

僕たちは常に〝点〟しか見ていないことになる。

それは、ほとんど何も見ていないのと等しい。

しかし、光や粒子が見えている時は、

視点が一点に集中しているのではなく、

オープンフォーカスになってる気がする。

それは、絵の中にもう一つの立体的な絵が隠れている、

あの不思議アートを見ているるときの感覚に似ている。


家に戻ると、すっごく眠くなり、

また爆睡してしまった。

兄貴に全部オープンにしながら、眠った。