
先週《バックルームズ》という映画のことを書いたが、
夜、ベッドに入ってその映画について考えていた時、
ふと、香港で体験した、奇妙な出来事を思い出した。

👆 香港名物《竹棚》(竹の足場)
今から20年ほど前のことだ。
当時、駐在していた会社を辞めたばかりの僕は、
香港大学で日本語講師のバイトをしながら、
プラプラしていた。(笑)
授業の準備以外、特にやることもなかったので、
毎日ジムで筋トレにいそしんでいた。
が、自己流の筋トレがたたり、
全く成果が出ないばかりか、
逆に、背中の筋(すじ)を痛めてしまった。
日ごとに背中の痛みは増し、寝ていても痛い。
ある日、香港人の友人にその事を相談すると、
鍼灸を勧められ、九龍の新蒲崗というところに、
鍼灸の名医がいるから行ってみろ、と言われた。
そこは、九龍地区の奥まった地域にあり、
バスでしか行くことができない。(当時)
そのころ僕が住んでいた太古城(タイクー)からは、
バスで20分から30分くらいかかったと思う。
古びた雑居ビルの中にあり、5㎡くらいの場所に、
細長い施術ベッドが3台並んでいる。
患者は外の廊下でパイプ椅子に座って待ち、
呼ばれると順番に中へ入ってゆく。
70代後半くらいの夫婦がやっており、
旦那が治療を行い、奥さんが院内を仕切っていた。

👆2階建てバスから見た香港の街の風景
僕が先生に背中の痛みを訴えると、
先生は「わかった」と言って、僕を施術台に寝かせ、
背中のツボにいくつかの針を刺した。
その針に電気パルスを取りつけ、電気を流すと、
ドクッ、ドクッ、ドクッ、と背中の筋が刺激され、
すっごく気持ちがいい。
「これから毎日通いなさい。1週間ほどでよくなるから」
と先生は言った。

それから、僕は毎日バスでその鍼灸院に通った。
そこはいつも多くの常連患者たちでごった返していて、
日本人の僕は、常連さんたち(多くは高齢者)の
かっこうの話し相手となった。
だいぶ背中の痛みもなくなってきたある日、
僕はいつものようにバスに乗って鍼灸院に向かった。
2階の、後方窓側の座席に腰かける。
海底トンネルを抜け、九龍に入ってしばらくした頃、
あれっ、と思った。
バスの中に、僕以外の乗客が一人もいないのだ。
香港の街中を走るバスでそんなことはあり得ない。
それに、なかなか目的地に着かない。
体感的には2時間くらい乗っている感じだ。
普通なら20分ほどで着くはずなのに、絶対おかしい。
ケータイ(ガラケー)で時計を見れば、5時だった。
ええっ?
バスに乗ったのが3時半くらいだったから、
もう2時間近くバスに乗っていることになる。
窓の外を見れば街の風景が夕暮れ時になっていた。
香港特有のネオンサインに照らされた看板には、
文字化けしたようなヘンな漢字が書かれていた。
英語のアルファベットも逆さになったりして、
解読不能だった。
また、商店の値札に書かれた数字も、
数字であることは解かるのだが、どこかヘンなのだ。
バスは各停留所で停まり、人の乗り降りもあるのに、
2階へは誰も上がってこない。

👆鍼灸院があった《新蒲崗》の街並み
(2000年当時)
バスが目的地に着いた。
急いで鍼灸院に向かうと、中にいた先生や奥さん、
常連さんたちがいっせいに僕の方を見た。
しかし、
彼らの表情は蝋人形のように硬直しており、
確かに見覚えのある人たちなのに、何かおかしい。
今日はもう時間が遅いので終わりだ、と告げられ、
僕は再びバスに乗って香港島へと戻った。
トンネルを抜けた途端、バスの中の空気が変わり、
いつもの香港の喧騒が戻った。
ガラケーを見れば、何軒もの着信履歴があった。
しかし、
その時刻に電話もメールも一切受け取っていない。
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当時はまだスピのスの字も知らない頃で、
なんか変な体験をしたなあ、としか感じなかったが、
今思えば、あの時の僕は、何かのきっかけで、
《きさらぎ駅》や《バックルームズ》のような、
異次元の空間に迷い込んでいたのかもしれない。
というわけで、何とも説明のつかない、
不思議な体験をした、という20年前の話であった。