
👆 自称〝ホイコーロー〟買う肉を間違えた
皿の端が欠けて危ないが、
姉さんに注文した皿が来るまで、がんばる!
母の入院生活が始まった。
シリンダー10本分の採血から始まり、
骨髄から髄液を取ったり、腹部エコーをしたり、
血小板を輸血したり、と、なかなか忙しい毎日だ。
僕は、母の好きなあんパンや、アイスクリームや、
惣菜などを差し入れるくらいしかできないのだが、
(内臓疾患ではないので、食べ物に制限はない)
実家の近所に暮らす妹は、
日ごろから、母の代わりに買い物をしたり、
実家のこまごまとした用事をしてきていたので、
母のこともよくわかっており、洗濯物を持って帰ったり、
母の化粧品や下着を持ってきたり、
実家の庭の水やりや仏壇の手入れなどもしていた。
「やっぱり、いざという時は娘やわあ!」
という母の言葉に、僕も素直にうなづく。
ほんと、息子はそんな細かいとこまで気が付かない。

👆 味つけはCook Do
病院から〝検査の結果が出た〟という電話があり、
主治医と面談することになった。
その日、僕は自分のクラスの補講と追試が重なり、
面談に参加することができなかったので、
代わりに妹が母と一緒に話を聞くことになった。
当日、学校で試験監督をしながら、
ずっと母のことが気になっていた。
というのも、検査前の先生の予見では、
血液性がんの疑いが強い、と言われていたからだ。
もし、白血病とかだったら、
母の歳(89歳)で抗がん剤なんてとても無理だ。
母は、年相応のもの忘れなどはあったが、
判断はちゃんとできるし、理解力もある。
なので、治療法の判断は母の意見を尊重しよう、
と妹とも話していた。

夜、妹とLINEで話をした。
病名は〝免疫性血小板減少症〟だった。
この病気は、免疫の異常により、
自分自身の血小板を異物とみなして攻撃・破壊し、
血小板数が減少して出血しやすくなる指定難病だ。
血液は骨から作られるのだが、
母の場合、骨髄の機能は正常で、
ちゃんと血液も作られているのだが、
作るそばから血小板だけが攻撃されて死んでゆく。
で、今後は、4日間ステロイドを集中的に投与して、
免疫の攻撃を完全に抑制し、
その後、血小板を増やす造血剤を服用しながら、
様子を見てゆくことになった。
投薬と血液検査をしてゆくだけなので、
今後は通院でも大丈夫らしいのだが、
高齢からくる、喉の筋力の衰えと唾液の減少で、
1日10錠もの薬を呑み込めないのと、
転んだりする可能性が高いため、
(打撲で出血が止まらなくなる恐れがある)
血小板がある程度の数値に回復するまで、
入院を継続することになった。
癌でないことがわかり、ほっと胸をなでおろした。
そして、ここらで僕も年貢の納め時だな、と思った。
母が退院したら実家に戻って母と暮らそうと決めた。
いい加減、放蕩をやめ、母の晩年に寄り添うのだ。
母は認知症でもなければ、介護も必要ないので、
掃除や買い物や家の仕事をできるだけ助け、
寂しくないように配慮しながら暮らそう。
アパートの契約は先日更新したばかりで、
1年間は解約できないが、今後は授業のある日だけ、
南森町に戻るようにしようと思っている。







