香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

ハロー!?ゴースト

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昨夜、非常に不可解なことが起こった。

 

夜7時頃、仕事から帰宅し、すぐ風呂に入った。

 

風呂から出てくると、点けた覚えもないのに、

 

なぜか、テレビがついており、

 

WOWOWシネマの番組が流れていた。

 

もちろん、帰宅してすぐ風呂へ直行したので、

 

テレビのリモコンにも触れていないし、

 

WOWOWにチャンネルを合わせた覚えもない。

 

しかも、

 

映っているのは現在放送中の番組ではなく、

 

クラウド録画の中にある一本の映画である。

 

まあ、見てみるとなんかよさげだったので、

 

髪を乾かした後、鶏肉弁当を食べながら、

 

もう一度最初から、この映画を観てみた。

 

 

『ハロー!?ゴースト』という韓国映画で、

 

自殺することばかり考える孤独な青年の前に、

 

突然、四人のお化けが現われ、

 

願いを叶えてほしいと付きまとわれて…、

 

みたいなファンタジーコメディーである。

 

ユーモアたっぷりのハートフル映画なのだが、

 

最後はなぜか感動でゴーキューしてしまった。

 

ていうか、これを見て泣かない人っているのか?

 

 

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この映画、絶対兄貴に見せられたんだと思う。

 

なぜなら、僕自身、暴力やいじめのシーンが多い

 

韓国映画はほとんど見ないし、クラウドの中から

 

こんなコメディー映画を選ぶこともしない。

 

2010年に公開された映画らしく、

 

もし、まだ観ていないのであれば、必見である。

 

ただーしっ!

 

あらすじも、ネタバレも、レビューも、

 

絶対に絶対に絶対に事前検索してはならない。

 

予告編を見てから…、なんてもってのほかだ。

 

すでに観た方にはわかってもらえると思うが、

 

検索してしまった時点で、アウトーッ、である。

 

これはまっさらな状態で見ないといけない映画で

 

そうでないと、絶対後で後悔すると思う。

 

僕も、風呂から上がったら、

 

なぜかテレビが勝手についていて、

 

すでに映画が始まってしまっていたから、

 

何の先入観もなく見ることができた。

 

 

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なぜここまで、

 

この映画の事を力説するかというと、

 

観ている最中、

 

ある非常に不可思議なことが起こったからだ。

 

しかし、それはあまりに〝怪現象すぎる〟内容で

 

人に言うのもはばかられるほどの出来事なため、

 

いま、書くのをためらっている状態である。

 

そして、

 

今も続いているその不可解な現象によって、

 

昨日までの僕とは全く違う毎日を送っている。

 

なので、このことについてはまた後日…。

 

 

 

大声で潔癖を叫ぶ

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僕には、直属の部下と呼べる女性が二人いる。

 

そのうち若い方の女性(32歳/独身/ぽっちゃり)

 

の声がでかくて、少しイラっとくるのだ。

 

(すっごくイラッではなく、少し、というのがミソ)

 

席の離れたすっごく遠くにいる女性スタッフと、

 

自分の席から雑談をしようとするため、

 

声がでかくなり、それが響いてうるさいのである。

 

それ以外は、僕に対しても,とても礼儀正しく、

 

仕事もきちんとできて、別に何ら問題はない。

 

 

また、毎日、僕のランチを注文してくれる、

 

別の部署の女性(30代/既婚/入社3年)がいる。

 

彼女には少々潔癖なところがあり、

 

僕がランチの代金を彼女の机の上に置くと、

 

必ずそのあと机の上を除菌ティッシュで拭き、

 

僕にお釣りを渡した後も、決まって自分の手を、

 

アルコールで消毒するのだ。

 

まあ、他の人にも同じことをやっているのか、

 

それとも僕だけをバイ菌扱いしているのかは、

 

イチイチ彼女の行動を見ていないので不明だが

 

一瞬、俺ってババチイのかな、と考えてしまい、

 

なあんか嫌な気分にさせられてしまう。

 

もちろん、彼女もまた僕とは普通に話をするし、

 

そのこと以外でなにかあるわけでもない。

 

それにこのご時世、

 

彼女の行動は常識範囲内だといえるだろう。

 

 

まあ、僕自身は大声で話さないし、潔癖でもない。

 

ジカ箸もOKで、人が飲んだコップで水を飲める。

 

また、他人とタオルを共有しても全く平気である。

 

要するに、他人をあまり汚いと思わないのだ。

 

 

まあ、これは余談だが、一生懸命机を拭いたり、

 

自分の手を消毒しまくるその彼女を見ていると、

 

なんか、汚いものが自分に触れた、というより

 

自分の中の汚れを清めようとしているように見え

 

潔癖な人って本当は、他人ではなく、自分の事を

 

ババチイ、と考えているのではないか、と思った。

 

 

そして、

 

他者を見て、自分にはないわあ、と思う部分は、

 

他人を装って会いに来た別の側面の自分である。

 

清廉潔白で、純粋でありたいと願っている自分、

 

ざっくばらんに何も気にせず話したいと思う自分、

 

そんな、思いもよらない自分が、

 

彼女達の振りをして会いに来ている。

 

それを認識し、肯定して受け入れてやることで、

 

自分ではあるとも思っていなかった裏側の自分を

 

赦してゆくことができるのだ、と気づいた。

 

そして、

 

彼らの奥に見えたのは、聖霊兄貴の姿なのだった。

 

 

外界は、自分という存在が具現化したものだ、

 

ということが、実感として理解できてくると、

 

世界が自分そのものとなり、

 

見えるもの、現れてくるもの全てが自分となる。

 

そして、世界を自分として赦すようになる。

 

そうなると、全てが自然に〝赦されて〟ゆく。

 

 

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外界は幻想で、自分とは関係がなく、

 

内側の神だけが真実だ、という見方では、

 

この隠された側面を見逃してしまいがちだ。

 

なにより、赦しが修行みたいになってしまう。

 

外界も、内側も、自分も、肉体も、

 

全部ひっくるめて神の愛の現われだ、

 

という智覚によって、世界は消滅するのだ。

 

 

そして、僕自身、

 

「これはあるとも思っていなかった自分の姿だ」

 

として、全てを受け入れ、認めた瞬間、

 

不思議なことに、同僚の彼女たちが、

 

(僕の前では?)大声を出さなくなり、

 

ウェットティッシュで手を拭かなくなった。

 

 

以上、大声と、潔癖の、ご報告でした。 

神会社

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👆 もうすぐ秋分の日(中秋節)。

  会社から月餅をもらった。

  生カスタードクリームの月餅で、めちゃウマ!

 

 

会社を辞める辞めると言いつつ4カ月が過ぎた。

 

もともと、前の会社が香港支店をクローズする際

 

「あと一年くらい香港にいたいなあ」と望んだら、

 

即行好条件で、今の会社が現れた。

 

 

しかし、今僕は創作だけに専念して過ごしたい。

 

また、完全に24時間自分自身で存在したい。

 

心から自分が居たいと思う場所にいたい。

 

新たな世界で新たな人たちに出会いたい。

 

そのためには、自分が握っている古い信念を

 

一旦全て手放す必要があり、

 

そうなった時に初めて、

 

想いもよらない新たな展開が次々と起こり

 

今まで出会ったこともないような人たちが、

 

僕に会いにやってくるのだ、と〝兄貴〟は言う。

 

 

なのに、仕事を辞める踏ん切りがつかないのは、

 

「仕事を辞めたらこれからの生活費が…」とか、

 

「慣れ親しんだ環境を手放すのが怖い」

 

というような、ベタな理由からではない。

 

会社の人達が〝愛〟すぎて言い出せないのだ。

 

みんな僕に優しい。僕を大事に扱ってくれる。

 

支店長である総経理も、僕の父が死んだとき、

 

在宅勤務扱いにするから日本へ帰国しなさい、

 

と言ってくれ特別有給休暇まで付与してくれた。

 

いっそ、めっちゃ嫌な人がいれば辞めれるのに、

 

と思うくらい、職場が〝愛〟なのである。

 

 

職場が愛だ、なんてもう奇跡中の奇跡だが、

 

誰からも攻撃されなくなった、

 

唯一にして最大の理由は、僕が徹底して、

 

自分責めを止めたことにある、と思っている。

 

〝徹底して〟というところがミソで、

 

俺なんか…、ああやっちゃった…、怖い…、

 

と思ってしまう自分すらも受け入れ、肯定する。

 

最初の頃なんか、

 

仕事できる人から何か誤りを指摘されただけで、

 

仕事ができ過ぎるアンタが悪い、くらいの勢いで

 

自分を護り、愛してやっていた。

 

すると、あ~れ~え~っ、と言っている間に、

 

周囲の環境が優し絵に変化していった。

 

何よりみんなが僕を尊重してくれるようになった。

 

 

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じゃあ、辞めなきゃいいじゃん、と言われそうだが

 

それがまた違うのだ。(面倒くせーっ!…by読者)

 

新たな出会いや、新しい世界が待っている事も、

 

先に進むには自分で選択せねばならないことも、

 

ちゃんと理解しているし、選択する気満々なのに

 

今日こそ言うぞ、と、朝、総経理の顔を見ると、

 

明日でもいっか、となり、それで金曜日になると、

 

とりあえず土日で気を取り直して、となって、

 

また、次の一週間が始まる。

 

毎日、今日で辞めようと思いながら会社へ行く。

 

でもみんなの優しい顔を見るとやっぱりダメ、

 

みたいな…。

 

そうやって、今日言おう、明日言おう、

 

と思いながら、もうすぐ秋である。

 

 

昔、アンフィニのあやこさんが、

 

新しい世界へ移行しようとするときには、

 

みんなを置いていくような名残惜しさを感じる、

 

みたいなことを言っていたのを思い出す。

 

自我バリバリだった2011年当時の自分は、

 

新しい世界へ移行できるんだったら、

 

誰を差し置いてでも先ず自分、と思っていたが、

 

今ならその〝名残惜しさ〟の意味が理解できる。