香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

夢見る夏休み

👆 家から5分のところにあるOMO珈琲

         二日連続で来ている

 

ひゃっほーい!

 

やっと、前期の授業が終わったぜ!

 

あとは、前期試験の監督が終われば、夏休みである。

 

しかし、今年は論文のクラスを3つも持っているので、

 

105人分の小論文を採点しなければならない。

 

追試のためにわざわざ夏休みに出て来たくないので、

 

去年より簡単なテーマにしたが、もう不安しかなない。

 

👆スタバのコーヒーより安い

 

今年の夏休みは、

 

8月下旬に香港へ行く以外、これといった計画はない。

 

ただ、11月に日本語教員試験があるので、

 

夏休みは、ほぼその試験勉強に費やされる予定だ。

 

というのも、日本語教師が2年前から国家資格となり、

 

令和11年からは、この国家資格がなければ、

 

日本語学校(留学生が来日して初めて入る学校)で

 

教えることができなくなる。

 

僕がいま教えているのは、日本語学校ではなく、

 

大学や専門学校なので、この資格がなくても、

 

教師を続けることはできるのだが、念のため、

 

記憶力がマシなうちに取得しておこう、と思った。

 

しかし、この歳になって試験勉強とはトホホ…である。

 

👆深夜2時までやっているというので、

     いつか夜中に来る予定

 

あと、夏休みの計画としては、つくし姉さんを見習い、

 

以前書いた短編小説集 『ジンジャー・タウン』を、

 

日本の出版社に売り込んでみよう、と考えている。

 

先ずは企画書を作って、ガンガン営業をかける。

 

たぶん、無視とスルーの嵐で玉砕が続き、

 

プライドがズタボロになること必至だが、

 

共に戦っている姉さんを思い出して俺も頑張るっ!

 

絶対くじけないっ!泣いたりなんかするもんか!

 

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あとはまあ、今住んでいる南森町をとことん楽しむ。

 

天神橋筋商店街とは反対側の西天満のエリアは、

 

安くておいしい、こだわりの店がたくさんある。

 

これらの店を、少しづつ回ってみようと考えている。

 

(お財布と相談しながら…)

 

こうやって、ゆーっくり、のーんびり、

 

暑い夏をとことん赦しきって過ごしたい、と思っている。

 

 

徳積み

👆家の近くにハイボールが飲める喫茶店を発見

     夏休みは、ほぼここで書き物をすることが決定?

 

 

先日、

 

ゴミ収集場の扉の前に置かれている他人のゴミ袋を、

 

自分のごみを出すついでに捨ててあげている、

 

という話を書いたが、そう言えば最近、こんな感じの、

 

〝自分にとって何の得にもならないようなこと〟を、

 

することが多いなあ、と感じている。

 

👆 ここ、めっちゃ好き

 

道にビニール傘が落ちていたら、拾って束ね、

 

ベルトを留めて、近くの鉄柵に立てかけたり、

 

スーパーの駐輪場で自転車が倒れていたら、

 

そっとその自転車を起こして行ったり、

 

自分がジムのストレッチエリアで瞑想をした後、

 

モップでマットを拭く際、隣のマットが汗で汚れていたら、

 

ついでに隣のマットも拭いていったりする。

 

まあ、ちょっと目に着いたからやる、程度のことだが、

 

毎日、何かしら、こんな感じのことをやっている。

 

この前なんか、

 

歩道の生垣の花がしおれかけていたので、

 

持っていたペットボトルの水をかけてやったりした。

 

もう、なんでこんな事をしているのか、

 

自分でもさっぱり分からない。

 

そもそも、僕はそんなキャラではない。

 

それは、

 

読者の皆さんが一番よくご存じのはずである。(笑)

 

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〝真にそこに在るものを観れていなかった〟頃は、

 

そこに傘が落ちていることにさえ気づいていなかった。

 

また、他人のごみを捨てても、何の得にもならないし、

 

そんなことをやろう、という概念すらなかった。

 

もちろん、

 

徳を積むためにやっているのでもなければ、

 

強迫観念的にやっているのでもない。

 

しかし、そういうちょっとしたことに心を遣うことで、

 

すっごく豊かで、うれしい気持ちになることを知った。

 

これって、赦しとは関係ないかもしれないが、

 

これもまたある種の〝浄化〟なのだと思っている。

 

 

今の爆発

👆先日ピピっと来たカジュマルの樹を

     買いそびれた学校近くにある観葉植物のお店

 

 

今この瞬間にいることがもう、ほんとうに心地いい。

 

こうして、

 

目にする全てのものに「ありがとう」と言えるのも、

 

きっと、

 

今この瞬間(臨在)に留まれているからなのだろう。

 

👆またピピッとくる植物に出会わないかなあ

 

 

僕にとっての今この瞬間とは、

 

〝身体がある場所〟のことを指している。

 

自分の肉体が存在している場所が〝今〟である。

 

なぜなら、肉体は〝今〟にしか存在できないからだ。

 

5分前の身体が〝今〟もここにあったら大変である。

 

なので、身体に留まっている時、今この瞬間にいる。

 

別の言いかたをすれば、肉体の機能を使って、

 

僕たちは今この瞬間を認識しているのだ。

 

目で見えているもの、耳で聞こえているもの、

 

鼻で匂えているもの、舌で味わえているもの、

 

肌で感じられているもの、全てがチョクの今だ。

 

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過去や未来を思い煩う、といった今への抵抗をやめ、

 

肉体の機能に任せて今この瞬間に開いている際に

 

立ち上がってくる思いが〝直観〟である。

 

「今トイレ行っといた方がいいかな、でもまあいっか」

 

「コーヒー飲みたいな、しかし夜寝られなくなるしな」

 

「あの人にLINEしてみよかな、でも、用事もないし」

 

僕たちはいつもこんな感じで、

 

その直感を否定することで、神を否定している。

 

そして、

 

直感を受け容れることで、神を否定しない練習をする。

 

 

こうして、いろいろやった、

 

最後の最後のサイゴンに明らかになるのは、

 

今この瞬間や、肉体や、認識が立ち上がる以前の

 

〝実在の様子〟である。