香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

キシミトール

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これは、神や赦しとは全く関係のない事なのだが、

 

最近、巷で言われている〝二極化〟というものを

 

しみじみ肌で感じている今日この頃である。

 

 

二極化とは、それぞれの意識を強く反映した

 

世界を生きるようになってゆくことにより、

 

愛と平安を反映させた世界を生きる集合意識と

 

過去や物質的な執着や罪悪感を手放せず、

 

変化を恐れて眠りを体験し続ける集合意識が、

 

二極に分化してゆき、ついには、全く別の世界で

 

存在するようになることを言うらしい。

 

宇宙シフトとかアセンションの事はよく分らないが

 

実際、同僚たち(大半が女性)に囲まれて、

 

日々仕事をしていると、まるで彼らが、

 

自分とは全く違う世界を生きている人達のような、

 

自分とは関係のない別次元の生き物のような、

 

なんていうか、

 

全く異なる周波数帯にいる人達のように感じられ、

 

大きな違和感を覚えるのだ。

 

 

いや、別に、彼らを嫌っているわけでも、

 

不快に思っているわけでもない。

 

しかし、完全に自分とは別物、という感覚がある。

 

大きく周波数のズレてる場所に一人いる感覚、

 

そこに毎日長時間いるのがストレスになる。

 

 

背後の神に在って、愛と平安を知っている魂と、

 

分離した個として恐れと共に生きる魂の集団の中で

 

今の僕がどうなっているかというと、

 

すでに神の愛を智っている状態にありながら、

 

まだ分離した場所(会社)に留まり続けている。

 

 

以前の自分なら、

 

職場の周波数を愛に変えようと、

 

必死で赦しを実践していただろう。

 

だが、

 

変わらないことを選択した人達もまた、

 

正解なのだ。

 

要は、自分がただ頑固に、

 

自分の魂の本質と異なる場所にしがみついている

 

だけのことである。

 

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列車乗り換えのタイムリミットが迫っていることも

 

ゲートが閉まりつつあることも、今〝体感〟として、

 

びりびり感じている。

 

心が神(無限の全体)への流れに向かおうとしながら、

 

身体は全く別方向へ向かおうとしている。

 

その〝軋み〟が肩の痛みとなって顕われている。

 

 

もうちょっと、もうちょっと、とやっているうちに、

 

会社では、銀行の人と融資のやり取りが

 

始まったりしてどんどんドツボにハマってゆくのだ。

 

そうこうするうちに軋みはますます激しくなり…。

 

 

でもまあ、とりあえず、今月一杯は続けるけど…。

 

(かあぁぁーっ! 👈 from 読者)

 

 

さよなら、僕!

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先の記事で、職場にいると、肩が締め付けられ、

 

拡大した意識を狭い檻の中に押し込めるような

 

〝ひずみ〟が出るという内容のことを書いた。

 

それでも檻の中に留まり続けると、

 

ひずみはどんどん大きくなるだろう、と…。

 

 

で、新たなひずみが、今日顕われ出てきた。

 

二人の部下のうちの一人(40歳/独身)に、

 

タイムカードの電子時計が二分遅れていたので

 

直してくださいとお願いしたら、

 

やり方わからないから自分で直せ、と言われた。

 

そこで、部下に指示されるのも変だと思った僕は

 

まずあなたがやってダメなら

 

再度僕に聞いてください、と答えたところ、

 

私は財務担当なので総務的な仕事はやりません

 

と言い返された。

 

しかし、実際、社員の給与計算や、

 

タイムカードを管理しているのは彼女であり、

 

出退勤システムも彼女のPCに入っている。

 

それで、普段はこんな子ではないのに、

 

と思いながらも、総経理に相談したら、

 

と、彼が彼女を激しく叱責してしまい、

 

そこからすったもんだが巻き起こった。

 

 

その後彼女は、自分の憤りを、

 

ほかの社員へスカイプで吐き出しているようで、

 

みんな表面上は黙々と仕事をしているようだが、

 

チャットでいろいろ言い合っているのが分かる。

 

 

まあ、こんなことは、

 

香港の職場では日常茶飯事であり、僕自身、

 

もっとひどい部下を相手にしたこともあったので、

 

ああ、またか、くらいにしか思わないのだが、

 

それでも以前なら少しは動揺していたと思う。

 

 

それが今回、こういう状況でありながら、

 

まったく、何にも気にならなかったのだ。

 

心の動揺(びゅんびゅん)が起きないのである。

 

裏でうごめいているチャットのやり取りも、

 

岩の下のゲジゲジ、くらいにしか思えず、

 

そんなの、岩がどけられ、

 

背後の神の光が当たればひとたまりもない。

 

なので、何の怒りもわかないし、

 

その後も普通に、仕事のやりとりをしていた。

 

なんていうか、以前もどこかで書いたが、

 

今の映像のコマと、明日のコマはぶつ切りで、

 

繋がってはおらず、次の瞬間にはまた、

 

思いもよらない別の映像に切り替わっている。

 

なので、一喜一憂は無意味なのだ。

 

 

今回のこの〝騒動〟が起きた時、

 

しばらく、自分へ全力の愛を向けていた。

 

自分の言ったこと、感じたことをすべて丸ごと、

 

そのまま愛している、と自分に告げ続けた。

 

言っておくが、相手に愛を告げるのではなく、

 

自分の内側に愛をどんどん充満させてゆく。

 

相手は自分の分身なので、

 

癒すのはまず自分の内側なのだ。

 

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そうやって、帰りのバスの中でしみじみ思った。

 

これはもう、会社員卒業だな、と…。

 

もうここは自分がいるべき場所ではない、

 

という感じの卒業ではなく、

 

もう何が起こっても全く動揺せず、愛として、

 

凛と立っていられたという意味での卒業である。

 

試験をパスし、堂々と卒業してゆくのだ。

 

 

やはり、慣れ親しんだ世界を手放し、

 

新たな世界へ一歩踏み出すのは誰だって怖い。

 

僕も、怖くて怖くて仕方がないが、

 

常に兄貴が一緒にいてくれ、

 

平安で至福で創造性あふれる場所へと、

 

僕をいざなってくれることも分かっている。

 

 

というわけで、

 

さよなら、いままでの、僕!

 

 

身体のひずみ

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ここへきてようやく〝会社員〟という〝檻〟を、

 

本当に本当に手放そうとしているボクである。

 

周囲からはもう、遅すぎる、今さらかよ、

 

どうせまた戻ってくるんでしょ、

 

みたいな声もちらほら聞かれる今日この頃だが、

 

こういうことは、本音の自分の声を無視して

 

エイヤー、とやってもダメだと僕は思っていて、

 

(大昔、バシャールが言うワクワクに動いた結果、

 

会社を辞めて、どえらい目にあった人達のように)

 

自ら入った鍵のかかってない檻に気づき、

 

無限の全体側を真に体感した時に初めて、

 

怖い、怖い、とギャーギャーわめきながらも、

 

一歩前へ踏み出す決心ができると思うのだ。

 

 

というのも、

 

すでに今この瞬間の無限の全体で生き始め、

 

檻などなかったことに完全に気付いて、

 

新たな世界へ旅立つ準備もできているのに、

 

まだ古い場所(職場)でうだうだやっている僕に、

 

ここへきて〝ひずみ〟が出始めたのだ。

 

 

まず、仕事中、右の肩がすっごく凝りはじめた。

 

肩がギューッと固まったように痛くなり、

 

最初は、筋トレのやりすぎかな、とか、

 

机と椅子の高さが合っていないのかな、

 

とも思ったが、なんかそんな感じでもなく、

 

マッサージに行ってもよくならない。

 

まあ、新しい職場で緊張はしているのだろうが、

 

これといったプレッシャーがあるわけでもなく、

 

環境からくるストレスも考えにくかった。

 

 

やがて、背後側で、

 

今この瞬間の神とつながっているときだけ、

 

肩の痛みがすっと軽くなる体験を何度も重ねた。

 

そういえば、昔あやこさんが、

 

拡大した意識を無理やり、宇宙から分離した、

 

狭い枠の中に押し込めようとすると、

 

背中や肩がキューっと痛くなる、と言っていた。

 

あまりに、

 

本質とかけ離れた周波数の場所にいると

 

それが身体に肩こりとなって出てくるのだ、と…。

 

 

これまで慣れ親しんだ会社という場所が、

 

今では、自分にとって最もしんどい場所となった。

 

多分、このままいくと、ひずみはもっと大きくなり、

 

自分の周波数を下げない限り、

 

さらに辛い現実が映し出されるようになるだろう。

 

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以前の僕なら、神様もう少しだけ、と言って、

 

踏ん張り続けていたのかもしれない。

 

しかし今は、この〝ひずみ〟に愛を感じている。

 

檻から出さえすればあとは何とかするから、

 

という兄貴の声も聞こえている。

 

もう本当に〝長居は無用、店じまい〟

 

の時が迫ってきているようだ。