香港さんといっしょ! 純粋非二元を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

神である感じ

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僕が背後の無限の全体に委ねている時、

 

神である感じ、歓びの感じ、抵抗がない感じ

 

愛の流れに乗っている感じ、に満たされる。

 

 

それは、

 

想い、とか、エネルギー、とも少し違う。

 

神の想い、神の想念、という表現だと、

 

そういう想いがあるような感覚になるし、

 

大いなる源のエネルギーという表現だと、

 

何らかの力が作用しているような

 

イメージを持ってしまう。

 

 

今、この瞬間に充満している神、愛、歓び、

 

ハートのエクスタシー、兄貴の眼差し、

 

という〝感じ〟が存在している。

 

感覚でも、理解でも、状態でもなく、感じ…。

 

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ここ連日お伝えしているように、

 

この神の感じが本当にリアルになっていて、

 

自分自身の存在の在り方も変わった。

 

 

本当の自分は純粋な愛、スピリットであり、

 

他人の言動や、相手が何を望んでいるか、

 

に注意を払う必要はなく、ただ自分は、

 

愛の存在として、そこにいればいい。

 

ここでは、エゴさえも愛に変わり、

 

そうなるともう、それは自我ではない。

 

 

例えば、会社の業務でトラブルがあっても、

 

背後の神に繋がっていることを思い出し、

 

無条件に自分自身を愛しながら、

 

今、この瞬間に存在していれば、

 

全ては展開するように展開してゆくことを

 

知っている。

 

 

今、僕が警戒しているのは、エゴではなく、

 

絶対に〝そこ〟から離れない、

 

絶対に〝そこ〟を忘れない、

 

ということだけである。

 

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というわけで、

 

明日から国慶節休暇で5連休となる。

 

30日(水)は、銀行や散髪へ行ったり、

 

ジムやマッサージ、行きつけのバー、と、

 

外的なことを、びっしりやる予定である。

 

そして、明後日からは、いよいよ、

 

テレビも見ず、ネットもせず、スマホも切り、

 

1日13時間、ひたすら小説だけを書く。

 

そのほかの時間は、瞑想をする。

 

食事は全て冷凍もので済ませるつもり。

 

 

なので、このブログも、しばし小休止である。

 

それでは、みなさん、また来週!

 

 

あ、そうそう。

 

 

今回、小説『ジンジャー・タウン』を、

 

ブログで公開していくことにしました。

 

小さな小さな夢の物語が、

 

ちょっとっ不思議なタッチで

 

語られています。

 

秋の夜長に、ご覧いただければ…。

 

shusaku1.hatenadiary.jp

 

 

脱・自我男!

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今朝、家を出ようと身支度をしていると、

 

スマホの仕事用スカイプに、ピコン、ピコン、

 

と、続けざまにメッセージが入った。

 

こんな時間に何だろう、と思った瞬間、

 

みぞおちの辺りが〝ビクン〟と反応した。

 

何か、業務上のトラブルかもしれない。

 

内容をチェックしようと、

 

スマホのアプリを開こうとして、やめた。

 

さっき感じた〝ビクン〟の正体を、

 

とことん見てやろう、と思ったのだ。

 

で、会社に着くまで、わざとスカイプの内容を、

 

確認しないでおくことにした。

 

 

バスに乗っている間も、ピコンピコン、と、

 

メッセージの通知音が何度も鳴る。

 

その度に、何だろう、と気になって仕方がない。

 

あの件だろうか、それとも、何か別の問題が?

 

 

「ほれほれ、気になるやろ」

 

「ほれほれ、胸がドキドキするやろ」

 

「ほれほれ、問題発生やでー、大変やでー」

 

ジガオが、必死のパッチでささやいてくる。

 

(※僕の江後田自我男は大阪府の北摂出身)

 

 

真実の自分とは全く関係のない、

 

でたらめで無意味な、狂ったささやきを、

 

本当に意味がない、として認識してゆく。

 

 

バスから電車に乗り換え、

 

もういいかな、と思ったころで、背後へと戻る。

 

今、この瞬間に意識を戻し、

 

無限の全体への抵抗を一切やめ、

 

脱力して、背後の真の存在へ全てを委ねる。

 

圧倒的なハートの流れに身を任せ、

 

自分が完璧な愛の存在だと思い出す。

 

 

ジガオの囁きが彼方へと消えてゆく。

 

そんな囁きは嘘だ、と、まる分かりな場所で、

 

ジガオは愛へと変換されてゆく。

 

 

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 👆 ついにマスク専門店が登場!

 

実験しゅーりょー!

 

ということで、会社に着いた。

 

改めてスカイプをチェックすると、

 

ピコンピコンの内容は、

 

ZOOMの招待URLをもらったけど、

 

うまく入れません、といった、IT部門と、

 

その他数人の人たちとのやり取りで、

 

なぜか関係のない僕もグループチャットに

 

入れられていただけの話だった。

 

あとは、エドワードからの、

 

バスが混んでいるのでちょっと遅れます、

 

というメッセージだった。

 

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これからも、肉体を持って生きている限り、

 

ビクン、という反応は起き続けるだろう。

 

ジガオのささやきも、小さくはなれど、

 

完全に無くなりはしないだろう。

 

それでも、全然怖くはない。

 

愛の歓びだけが存在している場所に、

 

僕はもう帰っている。

あっちの世界

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今日は、ジムでトレーナーと筋トレをして、

 

その後、いつものカフェでワインを飲みながら

 

読書をした以外、何もしない一日だった。

 

あ、半沢直樹の最終回は見たよ。

 

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竹内結子さん、お亡くなりになったんだね。

 

僕は、

 

松嶋菜々子と竹内結子の見分けがつかず、

 

貞子に出ていたのが竹内結子だと思ってた。

 

ちなみに、

 

石原さとみと上戸彩の見分けもつかない。

 

 

ここのところ、三浦春馬さんや芦名星さんなど、

 

人気俳優の自殺が相次いでいる。

 

みな、美男美女で、仕事もほとんどが主演、

 

家庭のトラブルもなく、本当に死の直前まで、

 

全く普通に人々と接していた人が、

 

ふっ、と思いついたように自ら体を脱ぐ。

 

 

その人の心の中がどうなっているかなんて、

 

きっと、本人にしか分からないのだろうが、

 

ふっ、と思い立ったように命を絶つ人って、

 

実際にはすごく多いような気がしている。

 

逆に、到底乗り越えられないような

 

苦難の真っ最中にいる人のほうが、

 

本人も、周囲の人も、

 

その苦難を直視し、理解できている分、

 

案外、死なずに踏ん張れたりする。

 

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というのも、

 

いま、僕は22階に住んでいるのだが、

 

深夜、書斎の窓から階下を走るバイパスを、

 

何気なく、ぼーっと眺めていたりすると、

 

ああ、ここから身を乗り出すだけで死ねるんだ、

 

という想いが〝ふっ〟と湧いてくる瞬間がある。

 

もちろん、実際に行動に移したりはしないが、

 

なんていうんだろう、そういう時って、

 

「ああ、ただこれだけのことで終われるんだあ」

 

みたいな、安堵感のようなものがよぎるのだ。

 

みんな、死ぬほどではないけれど、

 

小さな悩みは必ず抱えていて、そんなとき、

 

ふっ、と逝ってしまったりするのかもしれない。

 

👇うつ病の彼女とのことを書いた記事

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そう言えば、僕がまだ大学生の頃、

 

うつ病の彼女と付き合っていたことがある。

 

当時、彼女は完ぺきに死ねる場所を求め、

 

こっちのビル、あっちのビル、と、

 

ビルの屋上を彷徨い歩いていたのだが、

 

そんな彼女が言うには、

 

「自殺する人ってさあ、その瞬間、心がもう、

 

   あっちの世界に、逝ってしまってんねん。

 

 〝あっち〟にある、安心と歓びに満ちた、

 

   完璧な愛の世界を垣間見てしまった瞬間、

 

   もうええわ、って、とっさに逝ってしまうんよ」

 

 

当時の彼女が言っていた言葉が思い出され、

 

天国を垣間見た瞬間、人は逝くんだな、

 

と、いまさらながら、感慨を新たにした。

 

 

と同時に、

 

自殺した人は天国へ行けない、というのは

 

まっかなウソで、ましてや、カルマでもない。

 

それもまた、完璧なタペストリーの糸のひとつで

 

本人には何の罪もなく、ただ愛へ戻っただけだ、

 

というアニータの言葉も心をよぎった。

 

自殺をした人や犯罪者は天国へ行けない、

 

なんて絶対にあり得ないことが、

 

今の僕ならわかる。

 

 

というわけで、

 

竹内結子さんのご冥福をお祈りいたします。