香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

愛は奪わない

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台風19号は甚大な被害を日本にもたらした。

 

泥の中に散らばるリンゴの写真を見て、

 

農家の方々は、どんなに愛情を込めて、

 

これらのリンゴを育てて来られたのだろう、

 

と思えば、涙が出そうになった。

 

なぜなら、日本の果物は、

 

どの国が真似しようと思っても決してできない、

 

食べる宝石なのだ!

 

それは技術だけでは作れない、

 

日本の農家の方々の〝愛のタマモノ〟でもある。

 

 

また、今回の災害は、

 

与えたと同時に奪い去る、という自我の手口を、

 

まざまざと見せられた感じがする。

 

 

〝わたし〟が丹精込めて築き上げてきた生業(なりわい)

 

〝わたし〟の大切な家、土地、生活、家族、財産、

 

〝わたし〟のアイデンティティでもある想い出の品々、

 

などが、一瞬のうちに消え去ってしまう事実。

 

 

日本だけではなく、韓国の法相の辞任しかり、

 

香港の民主的自由しかり、イラクの空爆しかり、果ては、

 

恋愛関係、人間関係、若さ、スマホやパソコンに至るまで

 

蜃気楼のように現れては消えてゆく。

 

こんなの、スピリチュアルなんてやってなくても解かる。

 

 

もう、うんざりだ。

 

もう、騙されない。

 

もう、こんなの、要らない。

 

 

神と同じに造られ、神と同じ存在である僕たちが、

 

こんなにもミジメでいる必要などこれっぽっちもない。

 

 

だって、これ、ぜんぶ、寝ている時に見る夢と同じ、

 

何も起こってない、ゆ・め・で・す・か・ら・あーっ!

 

 

神は決して奪わない。

 

奪うものは神ではない。

 

 

休暇は明けた。 

 

だから読者のみんさんも、

 

夢なんかに、決して、決して、負けるな!

 

 

ハートで勝負!

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先週金曜日は、午前中、銀行回りをした後、午後は、

 

香港支社2020年社内カレンダーを作成して過ごした。

 

うちの会社は、土曜日が祝日の場合、その分を、

 

他の日に振り替えて休んでもよい決まりになっており、

 

そういうものを加味すると年間休日が125日となった。

 

そのうえ、僕のような海外駐在員に対しては、

 

年間14日の里帰り特別休暇が賦与され、

 

そこへ、働き方改革で有給を10日は消化せねばならず、

 

また、台風や冬至や旧正月前の特別早退などを含めると、

 

最終的に僕の来年度の年間休日数は152日となった。

 

普段はそんなに休んでいる感覚はないのだが、

 

改めて計算してみると、かなりな〝ゆとり〟である。

 

というわけで、社長、安倍総理、ごっつあんですっ!

 

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以前、ハートの悦(エクスタシー)は、性的な感覚に近い、

 

と書いたことがあるが、今日、ふと思ったのは、

 

トランプ(アメリカ大統領ではない)などに使われる、

 

あのハートマークって、

 

非常に強力なエクスタシー発生装置なのだなあ、と、

 

しみじみ感じる今日この頃である。

 

 

例えば、お尻や、バストや、唇や、男性器や女性器など、

 

肉体の中で性的魅力を感じる部位は、

 

必ずハートの形をしているし、人間の顔だって、

 

眉間から顎にかけてのラインはハート型であり、

 

それらの形がより立体的で、完璧なハート型に近いほど

 

セックスアピールや愛らしさを感じさせる。

 

また、行為的な面から見ても、

 

キスをしている場面を横から見るとハートの形になるし、

 

セックスだって、互いの肉体のハート形をした部分を、

 

密着させることによって、性的エクスタシーを得ている。

 

そういう意味で、ハートの形はいわば、

 

人類のムラムラ発生装置と言っても過言ではない。

 

ちょっと大げさかもしれないが、

 

肉体に埋め込まれた、この〝ハートの形に興奮する〟

 

という習性がなければ、人類は存続不能だっただろう。

 

⇓ ハートと性についての関連記事はこちら ⇓

blog.hoshitani-shusaku.com

 

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それにしても、なぜ人類は、相手の肉体に隠された

 

ハートの形を見てムラムラするのだろうか。

 

おそらく、どんなにすごい官能小説家でさえ、

 

ムラムラを誘発する状況描写はできても、

 

ムラムラ自体を言葉で表現することはできないだろう。

 

そして、この言葉では表現できない喜悦の感覚こそが、

 

ハートの悦(エクスタシー)であり、天国の律動であり、

 

神の理解である、と言える。

 

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そして自我は、宿主となる肉体を存続させるために、

 

ずっと、このハートの悦を横領してきた。

 

それでいて、そのことを僕達に気づかせないよう、

 

セックスで感じるエクスタシーを、不浄で罪深いもの、

 

恥ずかしいもの、として隠蔽してきたのだ。

 

 

しかし今後は、

 

自我の存続のためにハートを利用するのではなく、

 

神のエクスタシーの象徴としてハートを見てゆく。

 

 

とまあ、今回は、赦しとは全く関係ない話だったが、

 

こうして、なにかに〝ムラムラ〟したとき(笑笑)、

 

ああ、ハートだな、と思い出すのもまた、

 

大いなる気づきとなるのかもしれない。

 

(⇑ って、ホンマかっ!)

 

 

世界は優しい

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先週の抗議活動で破壊された地下鉄の設備修復の為、

 

ここ数日、夜八時以降の列車が運休となっている。

 

本社からは、香港支社の社員に対し、

 

帰宅時の混雑を避けるため、

 

しばらくは午後4時半に退勤し、場合によっては、

 

在宅勤務をしてもよい、という通達が出された。

 

また、身の安全を第一に考えるように、と、

 

社長から念押しのメールも来た。

 

 

それでも、月初となればそうもいかず、

 

昨日も8時くらいまでオフィスで仕事をしていたら、

 

元コンババ部長から電話が来て、

 

タクシーに乗って家まで帰ってください、と言われた。

 

星谷さんは、会社が海外に赴任させている駐在員で、

 

もし何かあったら、会社が責任を持つのだから、

 

慎重に行動してください、と説明された。

 

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そんな大げさな、と思いつつ駅まで行ってみると、

 

見事に改札は閉鎖されており、しかたなく、

 

たった一台停まっていたタクシーに飛び乗った。

 

香港島のコーズウェイベイまで、と言ったら、

 

「嫌だ、行きたくない。」と運転手から即行拒否られた。

 

治安が混乱している香港島へは行きたくないという。

 

結局、ホンハムでタクシーを降り、そこからバスに乗って

 

香港島へと渡ることにした。

 

タクシーを降りる時、運転手がおつりを手渡しながら、

 

「気をつけて帰るんだよ。」と僕に声をかけてくれた。

 

瞬間、神の愛が、わわわ、と溢れた。

 

 

会社も、社長も、元コンババ部長も、通りすがりの人も、

 

みんな優しい。

 

それはもう、涙が出るほど完璧に優しい。

 

兄弟に対する咎めや批判に気づき、それを取り下げて

 

ほんの少しでも神を受け容れると、世界が神になる。

 

神に、または、神の反映である兄弟に、ほんの一言、

 

ありがとう、と言っただけで、待ってましたぁーっ、

 

とばかりに、百倍返しで愛が返されてくる。

 

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現実がよくなることが目的ではないんですよ、と、

 

奇跡講座の勉強会などで、よく言われたりするが、

 

神に戻ってゆくとき、現実がよくなるのは当然である。

 

まだその先があるんですよ、という戒めの見地から、

 

ここで立ち止まらないでください、と言いたいのだろうが、

 

20年前じゃないんだから、

 

奇跡講座を少しでも実践している〝いまの〟兄弟であれば、

 

そんなの、わざわざ言わなくても解かってるって!

 

 

だから、

 

いい感じ、幸せ、ヤッター、ラッキー、大好き、落ち着くぅ、

 

といった、ハートに近い感覚を感じたならば、素直に、

 

神や兄弟に愛や優しさを感じて歓んでいればいいと思うのだ。

 

そして、

 

その感覚を、神を想い出す手掛かりにすればいい。

 

  

だって、よく考えてみてほしい。

 

愛そのものである神や、聖霊や、J兄貴が、

 

それは違うんですよ、とか、

 

まだその先があるんですよ、とか、

 

隠蔽してますね、などと言うだろうか。

 

僕たちがいまどんな状態であれ、神や聖霊やJ兄貴なら、

 

ただ、完璧な無辜の存在として僕達を見ているはずだ。

 

なので、神や聖霊やJ兄貴と同じ僕たちも、

 

神や聖霊やJ兄貴と同じように〝考えて〟いればいい。

 

それが、神を聖霊をJ兄貴を選択するということになる。

 

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というわけで、

 

世界がますます優しくなってゆく僕なのであった。