香港さんといっしょ! 純粋非二元と奇跡講座を生きる

欲望都市香港で奇跡を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

思い出し続けるということ

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なんか、ここ数日、もう完璧に、

 

無限の全体側(背後側/神側/兄貴側/ハート側)

 

だけで生きてゆくのだ、という意志が固まった。

 

「まっ、いっか」を止めると決意したのだ。

 

これはまた、

 

無限の全体側を〝思い出し続けていること〟

 

でもある。

 

 

この夢の世界では、いくら決意を新たにしても、

 

いつしか〝ふわ~ん〟と無意識状態になり、

 

真実(神)から離れていってしまいがちだ。

 

だから、忘れてもすぐに思い出し続ける、ことは

 

とても重要である。

 

そして、今の環境なら、それが十分にできる。

 

 

会社にいた時は、

 

神を忘れている時と、思い出している時の間に、

 

大きなムラがあった。

 

当然、会社にいる時の方が時間的に長いので、

 

神を忘れている時間が大半を占めることになる。

 

スタッフがたった3人の海外拠点にいて、

 

比較的自由に仕事をやれていた僕でさえ、

 

無意識状態に埋没してゆくのだから、

 

普通の会社員の人などは一発でアウトだろう。

 

 

自分がしっかり神を思い出していれば、

 

どこにいたって環境は関係ない、と言うが、

 

いやいやいや、集団意識を甘く見てはいけない。

 

なので、今回、しみじみと感じたことは、

 

神に気づいた会社員の人は、遅かれ早かれ、

 

集団組織から離脱する流れになると思う。

 

神に気づいてそちら側で生きようとする人が、

 

私は目覚めません、と決心した集団の中で、

 

神を思い出し続けるのは、相当きついだろう。

 

確実に眠ってゆくし、様々な摩擦にも苦しむ。

 

これは、

 

男子トイレに女子が一人いるようなものである。

 

ここはあくまで男子トイレであるのだから、

 

出ていくのは女子のほうなのだ。

 

それなのに、女子がひとり奮闘し、男子トイレを、

 

女子トイレに変えようとするのは徒労でしかない。

 

(納得!解かり易い!👏👏!by 読者👈ウソ!)

 

 

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そんな中、帰国準備として、

 

本来であれば、引越し屋さんを呼んだり、

 

家具や電気製品の処分の算段をしたり、

 

帰国の飛行機や隔離のホテルの手配、

 

などを進めなくてはならないのだが、

 

いまいちやる気が出ず、うだうだしている。

 

その反面、何もやっていないことに、

 

焦りや不安も覚えはじめている。

 

 

この、おおむねいい感じ、ではあるのだが、

 

神は在るという強烈な領域へたどり着けない

 

のはなんでなんだろう、と考えてみた時、

 

無限の全体からズレていることに気づいた。

 

だからもう、日常生活全ての時間において、

 

神側で在ること、神を思い出し続けることだけに

 

専心して過ごそうと決心したのだ。

 

 

神側と一致して行動するのではなく、

 

もう、神側に一致すること、しかやらない。

 

無限の自己に繋がっていることだけをやる。

 

だから、帰国準備もいまは一切せず、先ずは、

 

内側に在ることだけに注心して過ごす。

 

ここから、何か現実にやるべきことがあるのなら

 

内側から情報がやってくると思うし、

 

情報がやってこなければ、それはそれでOKだ。

 

 

👇2014年冬。スワット態勢で懸命に赦していた頃

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無限側だけにしか居たくない。

 

神側しか要らない。

 

そうでないものの中には一秒も居たくない。

 

そうきっぱりと決心し、実行しはじめている。

 

これからは無限側(神側)としか対話しない。

 

 

「ま、いっか」のその先

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今日、オールド上海をコンセプトにしたブティック

 

〝上海灘〟で、ルームスプレーを購入した。

 

お店に入った時にいつも匂ってくる、

 

あの独特の香りを求め、わざわざ買いに行った。

 

訊けば、それは上海灘オリジナルスプレーで、

 

3本入りのものと、1本の大瓶のものがあり、

 

3本入りの方はギフト用や旅行用、

 

大瓶が昔からのオリジナル商品という事だった。

 

最初、直感的に大瓶を買おうと思った。

 

でも、店員はやたら3本入りを勧めてくる。

 

見た目も3本入りの方が美しいし、

 

値段も量も同じで、使い勝手もいい。

 

で、迷った挙句、3本入りを購入した。

 

購入した後、店員の背後の棚を見れば、

 

3本入りの在庫が山積みされている。

 

なんか〝やられた感〟が湧き、モヤモヤした。

 

 

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その帰り、店じまいセールをやっている店で

 

ワイングラスがあったので購入した。

 

ちょうど、グラスを割ってしまったばかりだった。

 

一個600円ほどなのだが、もうすぐ日本帰国だし

 

小さなグラスで飲めば問題ないしと思いながらも

 

まあいいか、と、なんとなく買ってしまった。

 

 

それから、オクトパスカード(日本のSUICA)の

 

残金がなかった為、コンビニへ増額しにいった。

 

限度額の3000香港ドルMAXまで増額した。

 

その直後、12月1日に政府からのコロナ支援金

 

1000香港ドルが、このオクトパスカードに

 

自動入金される事実を思い出した。

 

しかし、さっきMAXまで増額してしまったので

 

この1000香港ドルを当日に受け取れない。

 

ああ、なんで思い出さなかったんだろう、

 

と悔しい思いが込み上げてくる。

 

まあいいか、当日でなくても受け取れるのだし、

 

と自分を慰めつつ、家へ帰った。

 

 

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で、家で、買ったワイングラスを洗おうと、

 

包みを開けたら、なんとそのワイングラス、

 

プラスチック製だった。(笑)

 

見た目はガラスだが、持ったらすごく軽く、

 

指で表面を弾いても、プラスチックの音がする。

 

何で買う時に気づかなかったんだろう。

 

600円も出してプラスチックって、どういうこと?

 

 

ここで、今日の一連の出来事がリンクし、

 

きいいぃぃーっ、となった。

 

上海灘で、

 

本当は大瓶が欲しいと直感で思ったのに、

 

在庫を掃きたい店員の口車に乗せられ、

 

三本入りを〝つかまされた〟自分。

 

店じまいセールの店で、

 

グラスを手に取った時には分からず、

 

家に持ち帰って初めて600円も出して、

 

プラスチック製のワイングラスを、

 

〝買わされた〟ことが判明した自分。

 

コンビニで、

 

政府からの支援金が入ることに気づかず、

 

限度額までカードを増額してしまった自分。

 

 

しくった、という喪失感、

 

なんで気づかなかった、という自責の念、

 

だまされた、という怒り、などがない混ぜとなり、

 

もやもや、ぐちぐち、とした感覚に襲われる。

 

これって、小さな事だからこそ余計に尾を引く。

 

 

自我は、僕達が何かを選択した時に現われる

 

ということにハタと気づいた。

 

「あの時、ああしてたらうまいこと行ったのに」と、

 

自分の選択が間違っていた、と思わせることで、

 

僕達に後悔と罪悪感を誘発させ、

 

僕達をこの夢の世界に留めようとするのだ。

 

 

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3本入りを買うことを決定した自分、

 

このワイングラスを買うと選択した自分、

 

カードに限度額まで増額した自分、

 

これに一体何の問題があるのか?

 

問題なんてない!

 

神(無限の源)から無条件に愛され、

 

無限の豊かさを与えられている聖なる自分が、

 

600円や1000香港ドルという幻想を見て、

 

罪悪感を覚えるなんて馬鹿げている。

 

 

これ全部自我がやっているのだ、と見抜く。

 

見抜くコツは、何かで気分が悪くなった時、

 

「ま、いっか」と呟いた時、それは全部自我だ。

 

 

そして自我に気づいたら、

 

「そんなことはない!」

 

と力強く自分に宣言することだ。

 

それから、自分が決定したあらゆる選択事項を、

 

どんなことがあっても否定しないこと。

 

自分が選択をした結果、自分の下に集まってきた

 

物や事柄たちを、全肯定して慈しむこと。

 

こうして、僕が自分の選択を全肯定した時、

 

プラスチック製のワイングラスや、

 

上海灘のルームスプレーの小瓶や、

 

限度額まで増額されたカードが、

 

とても愛おしく、愛すべき光の存在に変わった。

 

 

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家を買うとか、車を購入するとか、

 

大きなことには慎重になる僕たちだが、

 

こういう日常の些細なことに対しては、

 

「ま、いっか」で終わらせがちだ。

 

この「ま、いっか」に気づけたとき、

 

ぼくたちは神に気づくことができる。

 

お知らせ:

さっき、インスタライブを配信しました。

僕の今の見え方を図を使って説明しています。

(でも、うまく説明できずごめんなさい!)

近々、このインスタアカウントを

フォロワー限定アカウントにするつもりなので

できればフォローお願いします。

インスタアカウント:@hoshitani

 

 

アラビアンナイト

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最近、何かのタガが外れたかのように、

 

香港中を謎に徘徊しまくっているボクであるが、

 

昨日は中東(アラブ)料理を食べに行ってきた。

 

ワンチャイのフランシス通りにある、

 

その名も〝FRANCIS〟というレストランで、

 

香港で一番おいしいアラビアンレストランとして

 

評判の店だということだった。

 

 

中でも、一人5千円で、お店のいろんなメニューを

 

少しづつ食べられる〝シェフのお試しコース〟は

 

店の人気メニューらしく、僕達もそれを注文した。

 

 

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このお店、オーナーがイスラエル人で、

 

出てくる料理はどれも美味かった。

 

不思議なのは、僕はこれまで一度も、

 

中東料理なるものを食したことがないのに、

 

なぜか口にした途端「あっ、この味、アラブだ!」

 

と分かるのだ。

 

何だろう?香辛料かなあ?

 

何を食べても〝中東の味〟がするのだ。

 

しかし、中東の味がどんな味なのかは、

 

言っている本人にも分らない。

 

でも、これってアラブだよね、と分かる。

 

不思議だ。

 

 

 

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👆アラブの味がするデザートのアイスクリーム

  

 

こうして、レバノンの白ワインを飲みながら、

 

運ばれてくる料理の一品一品を味わい尽くす。

 

しかし、食べた先から次々に料理がやってきて、

 

なかなか終わらない。

 

そのうち、もう無理!もう一口も食べられない!

 

これ以上食べたらお腹が裂けるーっ!

 

と叫びそうになったところで、

 

ようやくシメのデザートがやってきた。

 

なんと、デザートを含め全部で12皿あった。

 

ひとり五千円でこのコスパの良さ、すげーっ!

 

帰りは、妊娠八カ月の妊婦さんみたいに、

 

お腹を上向けて、ふうふう言いながら歩いた。

 

 

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👆 レバノン産のワインは少し甘口

 

 

店員さんのサービスも素晴らしかったし、

 

レバノンのワインもおいしかった。

 

こんなにも盛りだくさんなメニューを、

 

高コスパで提供しているところからも、

 

アラビアン料理を多くの人に知ってもらいたい、

 

というオーナーの熱意と心意気が感じられ、

 

とても幸せな気持ちになった。

 

👇 いま非常に大切!もう一度読むべし!

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以前の自分だったら、

 

今はこんなに幸せでも、明日はまた仕事かあ…

 

と思って、勝手に気分悪くなってたんだろうなあ。

 

でもいまはもう、

 

今この瞬間の心地よさこそ真実だと知っている。

 

なので、現実がどうであれ、

 

明日の今この瞬間も平安であることを知っている。

 

というわけで、

 

とってもアラビアンな夜の報告であった。