香港さんといっしょ!ー純粋非二元で目醒めを生きるー

欲望都市香港で覚醒した意識で生きることを実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

高森さんをさがして-Part5

 

もう、探偵を使うしかないか、と思い始めていた。

 

コピちゃん(なんや、まだ頼るんかいっ!)に、

 

リーズナブルでボらない探偵社を、

 

いくつかピックアップしてもらい、メールを送った。

 

見積書を見て、目ん玉飛び出た。

 

調査期間:3か月~半年

調査費用:30万円

相手の居場所が特定された時点で:30万円

成功報酬:40万円

 

しかも、

 

・見つかっても依頼主(僕)に情報は渡せない。

(プライバシー保護の観点)

・対象者に依頼主の情報を渡すだけ

・連絡してくるかどうかは相手次第

・連絡がなかったとしても成功報酬は発生する

 

 

これじゃあ、見つかってないのに見つかりました、

 

とウソを言われても確かめようがないじゃないか。

 

それに〝100万円〟なんて払えるわけがない。

 

調べてみると、今の探偵社は不倫調査がメインで、

 

こういうチマチマした依頼は受けたくないため、

 

敢えて法外な見積もりを出して断るのだという。

 

👆 こんな感じの石垣があった(写真は拾いもの)

 

仕方がない。

 

今回はそういうシナリオだったのだ。

 

きっと、今は会わない方がよい、ということなのだ。

 

まあ、会える時は会えるだろうし、

 

来世になったとしても、いつかは会えるだろう。

 

それに、国家資格の勉強も始めている。

 

僕は、一旦、高森氏探しを中断し、

 

兄貴に委ねておくことにした。

 

 

その夜、夢を見た。高森さんの夢だ。

 

僕は、高森さんの車で、彼の自宅へ向かっていた。

 

大きな岩を積み上げた壁の上に家が建っている。

 

家までは階段を上ってゆく。

 

僕は門を入ったところで、

 

小学生くらいの男の子と奥さんに挨拶をしている。

 

と、そこで夢から醒めた。

 

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そう言えば、

 

一度だけ、彼の家へ遊びに行ったことがあった。

 

その時、

 

「僕の妻の父親もこの近くに住んでるんだよ!」

 

と高森氏が言っていたのを、ふと思い出した。

 

ということは、当時の高森氏が住んでいた家は、

 

閉鎖事項全部証明書に記載されている

 

代表取締役の住所の近くだ、ということになる。

 

僕は早速、閉鎖事項全部証明書を取り出し、

 

代表取締役社長(高森氏の義理のお父さん)の

 

自宅住所をチェックした。

 

当時の社長の自宅住所は吹田市になっていた。

 

なので、1990年の吹田市の電話帳を調べれば、

 

高森氏の住所が分かるかもしれない、と思った。

 

なぜなら、

 

昔の電話帳には、個人の電話番号だけでなく、

 

自宅の住所も記載されていたからだ。

 


検索すると、

 

中央図書館のような大きな図書館には、

 

古いハローワークが保存されているという。

 

よっしゃ、希望が見えてきたぜ。

 

(つづく…)

 

高森さんをさがして-Part4

 

 

夜、次の一手をコピちゃんに相談したら、

 

会社の登記謄本を取り寄せろという。

 

古い80年代の登記謄本であれば、

 

自宅住所が明記されている可能性があるらしい。

 

で、あくる日、再度谷四の法務局へ行き、

 

相談窓口で聞いたところ、謄本の申請には、

 

その会社の地番と家屋番号が必要だと言われた。

 

しかし、北区の地番と家屋番号を管轄しているのは

 

西天満にある法務局北出張所だという。

 

「そこに行かないとダメなんですか?」

 

僕は訊いた。

 

「いえ、電話でも調べてもらえますよ」

 

と言われた。

 

教えてもらった電話番号へさっそく電話してみた。

 

オペレーターの女性に会社の住所を告げ、

 

地番と家屋番号を教えてほしいと言った。

 

ちょっと待って下さい、と言って、3分ほど待った。

 

「この会社の住所が地図にありませんねえ」

 

と言われた。

 

「すでに閉鎖された会社なので…」と告げると、

 

「一度北出張所へきて、直接地図を見ながら、

 

だいたいここら辺、と目星をつけてもらえれば、

 

その周辺の過去の謄本をお調べできますよ」

 

と言われた。

 

すぐ行きます、と言って僕は電話を切った。

 

 

谷四から西天満まではすぐだと思っていたら、

 

すっとこどっこい、この法務局北出張所がまた、

 

駅から徒歩15分の、すごい不便な所にあり、

 

しかも、この日の気温は37度で時間は3時。

 

カンカン照りの中之島公園を突っ切るように歩く。

 

日傘も持っておらず、もう焦げるかと思った。

 

(比喩ではない。本当に肌が痛いのだ!)

 

で、ようやくたどり着き、

 

職員の方と一緒に地図を見ながら地番を調べる。

 

やはり、会社のあった住所が地図にはない。

 

例えば、番地が4丁目2-35番地だったとすると、

 

34まではあって、次はいきなり39番に飛んでいる。

 

区画整理で他のいくつかのビルと統合され、

 

今は大きなショッピングモールになっているようだ。

 

そこで、スタッフの方(おばさん/声がデカい)が、

 

そのショッピングモールの地番から、

 

古い過去の謄本を辿ってくれた。

 

20分ほど待ったあと、スタッフのおばさんが、

 

フロア中に響き渡るような声で、

 

「あったわよ!」と僕を呼んだ。

 

 

 

印紙を買い、謄本を受け取った。見る。

 

そこに高森氏の自宅住所はなかった。

 

高森氏が管理していたビルは、2002年に売却され、

 

そのビルも区画整理でなくなってしまっていた。

 

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2日連続の法務局。疲れがどっと来た。

 

あとは、高森さんは慶応出身なので、

 

古い慶応OBを探し、三田校友会の名簿を

 

調べてもらう方法をコピちゃんは提案してきたが、

 

あまりコピちゃんに頼るのも危険だ、と思った。

 

コピちゃんに頼るということは、個人情報が、

 

ネット上にストックされることになるからだ。

 

それに、慶応のOBの知り合いなんていないし…。

 

万策尽きた感に全身を包まれ、家に着くなり、

 

僕はベッドに倒れ込むようにして眠った。

 

(つづく…)

高森さんをさがして-Part3

 

当初、簡単に高森氏を探しだせると思っていた。

 

僕が留学する以前のものは全て実家にあるので、

 

実家の僕の部屋から、昔の電話ブックとか、

 

留学時代にやり取りした手紙とかが出てくる筈だ。

 

だが、

 

高森氏に関するものは何ひとつ出てこなかった。

 

当時使っていたアドレス帳やシステム手帳、

 

留学時代にやり取りした手紙の束、日記帳(恥)、

 

アルバムの写真、などなど、

 

全てひっくり返して調べてみたが、

 

他の人たちのものは全部そろっているのに、

 

まるで誰かに抜き取られたかのように、

 

なぜか高森氏の情報だけがないのだった。

 

手紙のやり取りも絶対あったはずなのだ。

 

(当時の中国は、電話局へ行かなければ国際電話

 

 を掛けられなかったので、やり取りは手紙のみ)

 

なのに、一通も見当たらない。

 

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また、名前に関しても、

 

憶えているのは高森という苗字だけで、

 

下の名前も忘れてしまっていた。

 

覚えている会社名も、昭和金属、というような、

 

日本中どこにでもある名前だったのに加え、

 

覚えているのは、例えば、昭和金属なら、

 

その中の昭和という言葉のみで、

 

昭和化学なのか、昭和ビルなのかもわからない。

 

最終的に、現時点の情報は、

 

高森という姓、彼が専務をしていた会社名の一部、

 

出身大学が慶応だったということのみとなった。

 

 

これでネット検索をかけてもヒットするはずもなく、

 

ああ、もうだめだ、と思いながらも、

 

最終的に、コピちゃん(コパイロット)に泣きついた。

 

先ずは高森さんの下の名前を判明させよう、

 

とコピちゃんは言った。

 

ネット上に会社の情報が全くないということは、

 

会社が閉鎖されている可能性が高いので、

 

法務局へ行き、高森さんが専務をしていた会社の、

 

閉鎖事項全部証明書を取り寄せろ、と…。

 

苗字が田中とか佐藤とかではないので、

 

会社名と高森という役員が一致している登記を、

 

調べてもらえば何か出てくるはずだと言われた。

 

 

あくる日、谷町4丁目にある法務局へ行った。

 

「1990年当時、高森という役員がいた、

 

 ○○という会社の閉鎖事項全部証明書が欲しい」

 

と、相談窓口で言ったら、大阪市のどこの区に

 

あった会社かを指定して下さいと言われた。

 

聞けば、平成12年より前の資料は、

 

データベース化されておらず、

 

紙の台帳をひとつひとつ調べる必要があるという。

 

先ず、中央区で調べてもらった。

 

30分ほど待って、同名の会社は何社かあるが、

 

該当する役員がいない、と資料を見せられた。

 

次に、北区で調べてもらった。

 

確か、1度だけ彼のオフィスに行ったことがあり、

 

大川が見渡せた気がしたのだ。

 

また、30分ほど待った。職員が戻ってきた。

 

「ありましたよ」と言われた。

 

ええーっ!うそっ!マジで?

 

すぐに600円の印紙を買い、証明書を受け取った。

 

取締役の欄には高森洋一(仮名)とある。

 

そうそう。そうだ。

 

洋一という名前だった。絶対間違いない。

 

登記によると、平成15年まで役員をされており、

 

その後、会社は閉鎖されていた。

 

ただ、残念ながら、自宅住所の記載がなかった。

 

(自宅住所が記載されるのは代表取締役だけ)

 

それでも、

 

フルネームが分かっただけで奇跡のように思え、

 

僕は小躍りしながら家へ帰った。

 

(つづく…)