香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

藤井君と笠原君


↑ CPUが熱くなり自動的に電源が落ちるので、
  扇風機を取り付けたが、なんかカワイイ。
  一度、PCの中を掃除する必要があるらしい。

  
昨日、出張先のホテルで休んでいると、

突然〝赦しを乞え!〟と、聖霊兄貴の声が聞こえた。

何だろう、と思っていたら、パンパンッ、と、

かれこれ15、6年ほど前に僕の部下であった、

日本人男性2名の顔が映像となって現われた。

もうすっかり忘れていた過去の人たちであったが、

映像を見せられた瞬間、ああ、そうだったのか、と、

全てが理解できた。


当時、僕がまだ、

香港に駐在をして数年しか経っていなかった頃、

広東省の東莞という場所に工場を設立し、

そこで人事や総務を担当する日本人管理者を、

駐在ではなく、現地で採用した。

普段の採用業務などはその日本人責任者が行ない、

僕は週に2日ほど工場を訪れ、業務をチェックする。

それで最初に入社してきたのは、名古屋出身で、

27歳の藤井君という、見た目が〝つぶやきジロー〟

そっくりな、明るい穏やかな感じの青年だった。

彼は大学卒業後、日本の会社で総務の仕事経験や、

2年間の中国留学の経験もあったが、中国での仕事

は初めてということで、中国人従業員の面接や、

備品購入、宿舎管理、政府関連、給料計算など、

全てにおいてかなり厳しく指導したと思う。


報告書の書き方、誤解を受けない中国語の使い方、

などはもちろん、夜勤の守衛が居眠りしてないかを、

夜中の2時に見に行かせたり、

女工さんが公安に補導されれば迎えに行かせたり、

物資が盗まれないよう内装業者の見張りをさせたり、

と重箱の隅をつつくように管理していた。


1年ほどして、藤井君が辞めると言ってきた。

聞けば、結婚するので日本で就職したいとのこと。

それにずっと背中が痛くて鎮痛剤を飲んでいるので、

日本でちゃんと治療したい、ということだった。


それで、

藤井君が辞めた後に入ってきたのが笠原君という、

26歳になる早稲田大学出身の男性だった。

彼は大学卒業後、東京にあるブラックな会社で、

毎日18時間勤務の事務職を2年ほど続けた後、

うつ病寸前で会社を辞め、中国に留学した。

その後、うちに現地採用で入社してきたのだが、

やはり彼も中国の仕事経験がなかったため、

僕は彼に対しても、藤井君と同じように接した。

やがて2年ほどたった頃、彼も藤井君同様、

背中が痛いと言いだし、薬を飲みはじめた。

当時の彼は性格的におっとりしたところがあり、

スピード重視の工場で、僕もかなりきつく指導した。

その後、僕の方が日本へ帰任することになり、

彼もそれからしばらくして転職していったが、

あれから15年以上経った今になって、兄貴から、

バーン、とこの二人の姿を見せられたのだった。


あの頃は、僕もまだ30ちょっと過ぎの新米管理職で、

部下の扱いや管理能力が未熟であった上に、

初期の解放段階にある中国という環境の中で、

僕も何かとテンパっていたのだと思う。

何より、人に対する気遣いや思いやりがなかった。

それで、ついつい周囲に理不尽なことを言ってしまう。

言葉の刀を振り回し、バサバサ斬りまくっていた。

おまけに、これくらいでないと中国ではやっていけない

くらいに思っていたから手が付けられない。

今、思えば、なんて嫌な奴で最低な人間だったのか、

どれだけの人を苦しめ、傷つけてきたのか。

彼らが訴えていた背中の痛みは、

僕が与えたプレッシャーからくるストレスだったのだ。

もう単に、あの頃はトンガッてた、では済まされない。

これは〝罪〟である、と、今更ながら気づかされた。

(↑ おそっ!)

それで、昨夜はずっと、ホテルの部屋で、

僕の背後に佇む彼らに向かって赦しを乞うていた。


「傷つけてしまって、本当にごめんなさい。」

「理不尽な攻撃をしていた僕をどうか赦してください。」

「そんな僕に、いつも笑顔で接してくれてありがとう。」

そう言って、何度も何度も、その当時の憎悪や恐怖、

罪悪感を決断の主体へと戻し、神に返していった。

やがて、彼らが優しくうなづき、笑顔になった。

愛の気持ちがあふれて来たと同時に、

過去世でやってきた何千バージョンの彼らと共に、

兄貴の方へと消えていった。


このとき、実際に地球上のどこかにいる肉体としての

藤本君や笠原君に赦しを乞うていたのではなく、

自分の背後(心の中)にいる二人に赦しを願うことで、

自分が自分を癒しているということを悟った。

もちろん、聖霊に寄り添ってもらいながら…。


結局、夢の世界で、誰も何もしていない。

ただの自動反応が繰り返されていただけなんだ。


以前、会議などの席で同僚の誰かから攻撃される、

というパターンが自分にはある、ことを書いたが、

何のことはない。過去に自分がやったことを、

いま、やられているだけだった。

なので、いま見えている結果は過去なのだ、

としみじみ理解できた。


赦しには、

赦して赦される、だけでなく、

先に赦しを乞うて赦される、というパターンもある、

ということを学んだ一夜であった。