香港さんといっしょ! 奇跡講座(ACIM)と純粋非二元

欲望都市香港で奇跡講座を実践中。今回を最後の生にするための日常を綴っています。

わて、感じ方が狂ってますねん!



今週はずっと香港事務所でお仕事である。

香港では、ここのところ、

摂氏20℃前後の爽やかな秋空が続いているが、

オフィスの中はすでに真冬である。

ビルのエアコンを切って弱風だけにしていても、

わずかに冷気が混じっていて、すごく寒い。

だからと言って、完全にエアコンを切ってしまうと、

今度は空気が澱み、なんか息苦しい。

なので、僕の場合、エアコンをつけながら、

足元に温風器を入れて仕事をするという、

なんとも地球に優しくない毎日を送っている。

そして、秋と言えば読書の秋、ということで、

ここ最近、奇跡講座のテキスト読みまくりである。

多くの人はワークブックの方を好むようだが、

僕は断然テキスト派である。

全ての章と節が、ツカミ、ボケ、ツッコミ、オチ、

の、全4段落ちで書かれており、

読んでいて非常に心地がよい。


例えば、

「絵のほうをみなさい。」

と、冒頭の一文で〝つかんで〟おいてから、

「だって絵のない額縁を飾っても意味ないやん。」

という〝ボケ〟に対し、

「額縁ばっかりうっとり見つめててどないすんねん。

 絵を見んかい!絵を!」

と〝ツッコミ〟を入れたあと、

「だから、あなたに差し出されていたのが、

 死の額縁であったことに気づきなさい。」

という締めでストーンと落とす。


この4段落ちがなんと、全段落ごとになされている。

僕も文章を書く人間なので分かるのだが、

これって、相当すごいことである。

こんなに端的で強烈な〝ツカミの一文〟を、

段落の冒頭全てに入れるなんて、それこそ奇跡だ。

そんな、マニアックな読み方をずっとしていると、

いつの間にか、意識が内向きになってくる。


〝私は被害者で、有罪なのは加害者である相手だ〟

と、他者を〝裁く想い〟が湧いてくると、

即座に、自分の内側を観て、その元ネタとなっている

「父の愛を拒否したことに対する罪悪感と後悔。」

のほうを、じっと観察する。

そうしてしばらく、心の中で起ってることを観た後、

「そんなことははなから起こってもなく、

 もとから、相手も、自分も、無罪だった。」

と、兄貴の方へ、その間違った元ネタを委ねてゆく。


また、そうこうしているうち、

自分の心の奥の奥をじぃーっと観てみると、

どんな出来事も、必ず、ひとつの原因、

父の愛を拒否した事から来る自暴自棄に

起因していることが判明した。

それはもう、どんな断罪の場面でも同じで、

最後は、御多分に漏れず、

〝父から罰せられる恐怖を外に追いやった自分〟

〝父との関係を他者に投影している自分〟

を観ることになる。


自分から父の愛を拒否しながら、その一方で、

「何で愛をくれない、なんで愛してくれないんだ。」

と、あの手、この手で、悪態をつき、怒り狂っている。

「じゃあ、愛してあげよう。」と、父がやってくると、

途端に怖くなってぎゃーぎゃーわめきまくるのだ。

なんていうか、高部知子も真っ青(にゃんにゃん…)

というほどの〝積木くずし〟ぶりである。


要するに、自分の感じ方(知覚)は全部狂っている、

ということなのだ。

正気に戻るにはまず、

父からの愛を攻撃として知覚していることに気づく、

ということが必須だ。

ただ、愛を求める懇請、とか、エゴを選択して、とか、

そんなシリアスになる必要なんてないと思う。


「わて、感じ方が、ちょっとヘンでんねん。

 父に抱きしめられているのを、嫌がらせされてる、

 と知覚してしまいますねん。

 好きだよーと駆け寄ってきてるのを、

 殴られる、と思ってしまいますねん。」


てな感じである。


父が〝好き好き大好きぃー〟と突進してくるのを、

〝相手から攻撃された。怖いぃ!〟と感じ、

〝いつも一緒にいるよ。〟という父の囁きが、

〝相手からこんなひどいこと言われた!〟となり、

〝君は無罪だ。なにも悪いことはしていない。〟

という兄貴からの呼びかけも、

〝ひいい、バチが当たるうーっ。助けてえー。〟

となってしまう。


まったくもって、自分は、ただのアホなのだ。

そして、ただのアホは、罪ではない。

だって、自分は神の子で、

世界に神しかいないのであれば、

どんな智覚も神でなければおかしいことになる。

それを、恐怖に感じるなんて、ありえない。


父は大切な一人息子を何より愛している。

僕もそのことが、解かりはじめ、すこーしずつ、

正気に戻りつつある今日この頃である。